同日、技術班班長と時々年下の先輩
騒動の後、天音は恭平と透の論文を借りることにした。書き込んだり付箋を貼ったりしたいので、念のためコピーをとろう。これなら返却期限を気にしなくて済む。
「コピー機ってあります?」
魔導式のものならあるのだろうか。技術班のメンバーなら作ってそうだ。零にそう問うと、首を傾げた後、魔導文字を書いて雑誌を軽く叩いた。
「コピー機はないですけど、これで大丈夫ですか?」
目の前に同じ論文が載った雑誌が2冊ずつある。天音の知らない術だ。あまりにも便利すぎる。
「だ、大丈夫です! ありがとうございます。これ、教えてください!」
「はい、構いませんよ」
何か書くものを、と言われて、いつも携帯しているメモ帳とお気に入りのペンを渡した。天音の魔力に似た色の軸のボールペンは、母が買ってくれたものだ。書きやすくて気に入っている。
零は紙にさらさらと魔導文字を書いて天音に渡してくれた。見るなり絶句する。
「あ……これ難しい術ですね……」
「頑張ってください、解析師さん」
「うう……」
簡単便利などというものは技術が発達し、誰でもできるようにならないと言えないものだ。まだまだ発展途中の魔導技術では、そう上手くいくものではない。複製の術の魔導文字の示す難易度に、天音は泣きそうになった。なんだこれ、長いうえに必要魔力量が多いやつ。
「そうそう、研究員の手が空き次第、紙無しでの発動訓練も始まりますので、覚悟しておいてくださいね」
「……はーい」
魔導解析師ともなれば、空中で魔導文字を書いて発動させることができるものが多い。天音はまだその段階に達していないので、この後の訓練に怯えつつも返事をした。仕方がない、やらねばならぬことである。
「では、僕はこれで」
「あ、はい! ありがとうございました」
黒い魔力と共に消えていく零に一礼して、天音は論文を抱え自室に小走りで戻った。
早く論文を読んでみたい。どんなことが書いてあるのだろう。私はそれを理解できるのだろうか。
まずはある程度内容を教えてくれた恭平のものから。
天音はわくわくしながらページを捲った。
「なんか2人ともやつれてるッスけど、大丈夫ッスか?」
夕食の時間、「家」の食堂へやって来た天音と由紀奈を見て、葵が心配そうに顔を覗き込んできた。
調査班は出土品の研究に取り掛かり、なかなかの結果が得られたようだ。皆艶々としている。そのせいで、余計に2人がやつれているように見えた。
「わ、私……私、何してたと思います……?」
由紀奈が背もたれに寄りかかり、痙攣しながら言った。さながらホラーである。
「チビミヤと勉強してたってのは聞いたッス」
どうやら雅はサイズで渾名が異なるらしい。葵の渾名をつけるクセを知らない由紀奈は困っているようだったので、そっと横から雅のことだと伝えた。
「あ、そうです、そう……あの時から、ずっと……」
「え、さっきまで!? ってことは8時間以上!?」
「間にちょっと休憩はありましたけど……先生、すごい楽しそうで……休みたいって言えなくて……」
「研究者はオタクと一緒ッス。自分の好きなものは語りたい」
「うーん厄介」
雅からすれば、ようやく現れた医療班の後輩に語れることが嬉しくて仕方がなかったのだろう。そして、雅に懐いている由紀奈は、何も言えずにひたすら話を聞いていたに違いない。
「あまねんは? 一緒に聞いてたんスか?」
「いえ……論文を読んでいました」
「お、誰の誰の?」
「こ……恭平さんと増田さんのです。でもまだ全然理解できてなくて……恭平さんのを読み返して勉強してます」
「自分のもいずれ読んで欲しいッスねー。感想ください」
「あ、はい、いずれ……」
多分工学がわからないので読めることはない。けれど一応そう答えておく。
「で、なんでやつれてるんスか?」
「いやもう難しすぎて……見てくださいこれ」
わからなかったところに線を引き、付箋を貼り、他の本も読んでわかったことを書き込んだコピーを見せた。
「うわマジメ!」
「そうではなく」
「いや冗談ッスよ冗談。にしても、細かく見てるッスね。おーい、リトモリー!」
和馬を手伝っていた恭平を呼ぶ。夕食の肉じゃがが乗った皿を術で運びながら、恭平はいつものように気だるげに返事をした。
「はーい?」
「お前もう研究終わったッスよね? あまねんのこれ見てみろー」
「え、何?」
恭平は天音の持つ紙を覗き込んだ。途端、気だるげな表情が明るくなり、テーブルから身を乗り出して天音に話しかける。
「読んでくれたんです? こんなに細かいトコまで……興味あります? この後時間ありますか?」
「ナンパかよ」
葵が珍しくツッコミをいれた。どうどう、と馬にやるように恭平を落ち着かせ、座らせる。
「まずはメシッスよ。その後にしましょ」
恭平はしぶしぶといった様子だったが、大人しく席についた。一応、(この研究所の)年上の人間の言うことは聞くことにしているようだ。
「まずはお疲れ様ッス。じゃ、全員揃ったんで食べますかね!」
何事もなければ、こうして誰かが音頭をとって食事となる。家族団欒のようなそれを、天音は気に入っていた。実家ではなかった光景だ。
「お互い頑張ろうね……」
ぐったりとしながらも空腹だったようで、由紀奈はせっせと箸を伸ばし、食事をしている。その横で天音が囁くと、じゃがいもを咀嚼しながら頷かれた。空腹には勝てないらしい。
それを見て、天音もようやく箸をとり、なくならないうちにと肉じゃがをとった。




