同日、本物の同期と
天音の無実を証明できたとは言え、まだ魔導考古学省が彼女を狙っていることは確かだ。夏希はそのことが気がかりだった。しかし、それを気づかれぬように、普段どおりに接していた。零もそれに気づいたのか、何も言わなかった。
第5研究所に帰ると、雅以外の研究員が出土品の土を払ったり、文字を拡大して読み取ったりしていた。天音もそれに加わろうと思ったが、上司である夏希に止められる。
「天音はひとまず『家』の2階に来てくれ」
「あ、はい!」
早速阿部由紀奈に会うのか。心の準備が出来ていない。彼女は一体どういう性格だったか。記憶どおりなら、偽物よりも静かで大人しい感じだったような気がする。
2階は階段を上がってすぐ左が雅の部屋、その隣が空室2部屋、そして北側に薬品や医療魔導の機材が置いてある部屋があるという。空き部屋の片方、雅の部屋のすぐ隣が今使われている由紀奈の部屋だ。
入室するのは、怖がられないよう選ばれた3名のみ。まず、異性は却下。由紀奈を攫ったのは男の構成員だったので除外された。
次に、双子と葵が外された。双子はあまり表情が豊かではないし、葵は独特の世界観で生きているうえに、言われなければ女性と気づけないので却下された。
そうして選ばれたのが、子どもの容姿かつ医師の雅、外面はいい夏希、最後に同期の天音だった。雅に促されて入室する。
「ここの副所長と、そなたの同期が来たぞ」
治療中、由紀奈は雅に懐いたらしく、その声に反応して被っていた毛布からほんの少し顔を出した。偽物よりも随分痩せている。怪我こそ治っているものの、心に負った傷はそう治らないものだ。
「こんにちは。あたし、清水夏希っていいます。今回の件は本当に……申し訳ありませんでした。守るべきキミを、あたしたちは守れなかった。許さなくていい、けれど、少しお話ししてくれると嬉しいな」
夏希は普段からは考えられないほど深々と頭を下げて由紀奈に謝罪していた。雅がそれを止めようとしている。けれど、それを制止して、再び頭を下げた。
それに驚いたのか、由紀奈は毛布から頭全てを出して、夏希を止めている。貴女は悪くない、そう言っているようだった。
「ありがとう」
「……ぃ」
蚊の鳴くような細い声がしたが、よく聞き取れなかった。夏希はそれを気にした様子はなく、天音の方に手を向けて話すように言った。
「あ、阿部さん? 覚えてる? 私です、伊藤天音。同期だったんだけど……」
「…………うん」
まだ小さな声だが、今度は聞き取ることが出来た。それを見て、
「じゃ、後はお若いお2人で~」
「見合いか」
漫才のような掛け合いをしながら雅と夏希は出て行ってしまった。
「何かあれば呼べ」
ナースコールのようなものだろうか、水晶の嵌められた丸い装置を渡され、2人っきりにされてしまう。
天音は不安だった。正直ちゃんとした友達付き合いなどしたことがないし、話も上手くない。会話のきっかけになってくれる夏希を失い、焦っていた。
すると、意外なことに、由紀奈が真っ先に口を開いたのだ。
「い、伊藤さん……元気……?」
「あ、元気です、うん! 阿部さんは……ごめんなさい何でもないです!」
思わず英語の教科書の挨拶のように元気かと問いそうになったがどう見ても元気ではないので慌てて止めた。
「そっか……」
会話、終了。
気まずい空気が流れている。どうやら2人とも会話は不得手らしい。夏希さえいてくれたら。そんなことばかり考えてしまう。最早これはナースコールを押すべきかもしれない。
しかし、せっかく由紀奈が勇気を出してくれたのだ。話を続けなくては。
「副所長……変な人だけどいい人でしょ?」
「うん……」
「私も初めはここに採用されて嫌なこともあったけど、あの人を見てると、ここで頑張ろうって思ったんだ」
そう言って、天音は配属されてからの話を掻い摘んで説明した。由紀奈は時折頷き、時折驚いたように身を逸らし、ごくたまに話の続きを促すよう喋った。
「天音ちゃんって、呼んでいい……?」
「あ、うんいいよ! えーと……由紀奈、ちゃん?」
そう問われるのは新鮮だった。ここでは、気づけば名前か妙な渾名で呼ばれていたから不思議な感じがする。
「ありがとう……天音ちゃんは、魔導解析師なんだね……」
「一応ね……まだなりたて」
「でも、すごいね……私、いつも憧れてたの」
「え?」
聞けば、由紀奈はいつも上位の成績を修めていた天音を尊敬していたのだと言う。いつかああなりたい、その目標だったと言われて照れ臭かった。
「でも、私はここに来るまで、その、自分が言うのもあれだけど、相当ひどい性格だったと思う……」
魔導は嫌うし、人は見下すし。自分だったら憧れたりしないと、大きく首を振って否定した。
「クールだったな、とは思う……でも、今の方が親しみやすい」
「……私、変われた?」
「うん、いい方に」
「そっかぁ……」
目頭が熱くなる。
自分は、よい方に変われたのか。ここの皆には、感謝してもしきれない。
「私、謝らなくちゃいけないことがあるの……」
「え?」
「養成学校の卒業式の日、私、天音ちゃんと2人で写真撮ってもらったでしょう」
そういえば頼まれた気がする。すっかり忘れていたが。
「私、嬉しくて。スマホの待ち受けにしてたの。その、それを『白の十一天』に襲われたときに見られて……だから襲撃されたのかも……本当に、ごめんなさい」
「いやいや! 副所長も、その、上層部にスパイがいるんじゃないかって言ってたし……由紀奈ちゃんのせいじゃないよ!」
「なら、よかった……」
2人はそれからしばらく話し込んだ。主に養成学校時代の話で盛り上がり、雅が途中で止めに入るほど長時間話していたため、疲れ切った由紀奈はすぐに眠ってしまった。
夏希がニヤニヤ楽しそうに生温かい目をしてこちらを見ていたのが、なんともくすぐったかった。




