同日、魔導考古学省大会議室
「あの、魔導考古学省まではどのように行けばよいのでしょうか? 箒はいりますか?」
室内に戻ってきた天音は、三角帽を手にしたままそう問うた。荷物の確認をしたいのだろう。
それに対し、秋楽は首を振って、懐から何かを取り出した。
「悪いが、これより先、俺以外は魔導を使うことは許されない。伊藤天音魔導解析師には、この魔封じの手袋をつけてもらう」
封印の魔導文字が書かれた手袋が、容赦なくはめられた。天音の手よりも大きかったそれは、装着するなりぴったりのサイズになる。透が見たら喜びそうな魔導衣の一種だ。
零と夏希は普段どおりの手袋のままである。この2人の魔力を封じることが出来るものは存在しない、そういうことだ。
「俺の術で入口まで送る。その後、魔導考古学省大会議室内にて、昨日の発掘調査について話してもらう」
「で、そこに真子がいるってか?」
「……反魔導主義団体の侵入を許した和泉真子魔導解析師も招集されるのは当然だろう」
「許した覚えはねぇんだけどな。ま、聞きやしないんだろ」
「口を慎め、お前は容疑者だぞ」
「貴方こそ口を慎みなさい。我らが女王陛下に向かってなんて口の利き方をしているんですか」
「ふん、10人しかいない弱小国家を治める王に、誰が敬意を払うものか」
「ちっ……」
わかりやすい舌打ちが響いた。犯人は零だ。そんなこともするのか、と天音は驚いた。少し、いやだいぶ妻への愛は行き過ぎているが、誰にでも丁寧に接する人間だと思っていたのに。
「で、お前はその後どうするんだ?」
「俺もその場にいる。和泉真子はお前たちに有利な証言しかしないだろうからな。俺が真贋を見抜く」
「え、どうやって……」
「コイツの固有魔導は人の心を読むコトが出来る。通称、ウソ発見器。それを見込まれて出世したんだよ」
「弱小研究所にしかいれないお前に言われたくはないな」
「やめてください!」
「……なんだ?」
最初の質問以来、沈黙を保っていた天音が声を荒げた。
真面目でルールには従い、目上の人間は(心は伴っていなくても)敬うタイプの人間である天音には珍しいことだった。
そんな天音を、秋楽は冷え切った眼差しで見つめる。
「何が言いたい?」
「その、『弱小研究所』って言うのをやめてください! 所長を、副所長を馬鹿にしないでください! お2人は素晴らしい魔導師です! ここは……第5研究所は、弱小研究所なんかじゃありません!」
この抗議は、夏希にとっても想定外だった。目を丸くして、驚いたように夫の袖を引いて何かを囁いている。
「素晴らしい魔導師だってさ」
「光栄ですね」
小さな声で囁かれたそれが天音に聞こえることはなかったが、ニヤリと笑う夏希の顔は見えたようだ。言った後に恥ずかしくなったのか、照れたように下を向いている。夏希のニヤニヤ笑いがさらに激しくなった。
「……何を勘違いしているのか知らないが、ここは国にも見放され、碌に発掘調査も出来ないような弱小研究所だ。そこの所長と副所長を務めたところで大して意味はない」
「違います、それは……副所長が、皆が望む道へ進めるようにしてくださったから、この研究所にはいないだけでっ」
「ただの教育不足だろう。普通の研究所なら、配属されて1分で辞める者などいないからな」
「……っ!」
「もういい天音、ありがとな。でもま、話が進まねぇからここらでやめとこうぜ」
夏希がやんわりと天音を宥めた。秋楽に言われたことは何一つ気にしていない(天音は知らないが、夏希はそれが彼の本心ではないことを知っているのでそう見える)らしく、肩をすくめて時計を指さしている。
「無駄話に時間を使ってしまった……行くぞ」
秋楽の右手が魔導文字を書く。雅のものよりも淡いピンク色の光が辺りを包み込んだかと思うと、天音は巨大な門の前に立っていた。魔導考古学省の正門だ。
「着いてこい」
夏希と零は歩き慣れているのか、秋楽の案内を待たずに歩き出していた。ただ1人、あちこちを見回していた天音だけが遅れ、面倒臭そうな表情を隠そうともしない彼に連れられて歩き始めた。正装ではあるものの、室内で帽子を被るのもおかしいだろうと、天音お気に入りの三角帽は手に持ったままである。
「遅い」
数歩先で立ち止まった秋楽が苛立ったように言う。そもそも歩幅が違うのだから当然だろう。天音は思わずむっとした顔をしてしまった。
(……でも、待ってはくれるんだ)
容赦なく置いていきそうだと思っていたので、少し意外だった。口が悪いだけで面倒見はいいのかもしれない。
と考えているのを、秋楽はしっかり読み取っていた。このままでは怪しまれるかもしれない。先程よりも歩調を速め、イライラしているふりをしながら大会議室まで進んだ。
大会議室は、名のとおり非常に広い部屋だった。その部屋に、何人もの魔導師がずらりと並んで座っている。その中心には、天音と同じ手袋をはめられた真子が1人立っていた。
「やあ」
「よう、元気か?」
「まあね」
これから尋問されるというのに、普段どおりの口調で世間話を始める真子と夏希を、周囲の魔導師は睨みつけていた。だが、それを気にする2人ではない。
「黙れ」
「おー怖」
秋楽の一声に、夏希はわざとらしく体を震わせた。
尋問が、始まる。




