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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、発掘調査に参加する
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同日、遺跡内にて

 発掘は思っていた以上にすんなりと進んだ。これのおかげかもしれない、と天音は美織から貰ったペンダントを服の上から押さえる。引っかけたり落としたりしないように、ローブの下にペンダントを入れていた。


「研究日誌とかあったらいいのに」

「切れ端ばっかりだね」


 ぼやく恭平に、和馬が困ったように笑う。出土品は全て、彼らが瞬間移動の術をかけて葵たちのいるテントへと送っていた。


「破れてしまったんですかね」

「いやあ、さすがにそれはないっしょ。オレなら自分の研究日誌には保護魔導かけますね」

「俺もかけてるなぁ」

「そうなんですね……私もかけておこう」

「お、もう書いてるんですか?」

「山口さんたちのような立派なものではないですよ。今日は何をしたとか、読んだ本の内容だとか、訓練をして出来るようになったこととかを纏めているくらいで」


 まだ日誌というよりは日記のようなものだった。おまけに訓練で疲れ果てた日は書けていないこともある。とはいえ、研究所内のことも書かれているし、外部に漏れてはいけないだろう。後で保護魔導について詳しく聞かなければ。


「いや、それでも十分立派ですよ。ね?」

「そうそう。オレなんてここに配属されてからはずっと夏希に……っ!?」

「え、なんですか?」


 不自然に会話を止めた恭平に、天音は続きを促すように言った。けれど彼は応えず、鋭く叫んだ。


「和馬! 最大出力で防御!」

「え、わ、わかった!」


 恭平と和馬が防御の術を展開する。まだ実践に慣れていない天音を守るように、水色とオレンジの魔力が広がっていく。


「な、なんですか!?」

「話は後! 来る!」


 一体、何が来るというのだろうか。天音は右手で箒を握りしめ、左手でペンダントに触れた。


 数秒後、凄まじい音と土煙と共に、何か―いや、誰かが地下の遺跡へ下りてきた。


「……うちの研究所の人じゃない匂いがします」


 香りで魔力を感じる和馬が、不快そうな顔をした。あまりよい香りではないらしい。

 天音にも、澱んだ沼のような魔力の色が見えてきた。


「……第5研究所の研究員だな?」


 ノイズ混じりの声が聞こえた。変声の術がかけられている。

 土煙が晴れると、声の主の姿がはっきりと見えるようになった。天音とは対照的な真っ白なローブ。フードを深くかぶり、仮面まで着けて顔を隠している。そのせいで年齢も性別もわからない。


「……だったら?」


 返答したのは恭平だ。彼の右手は密かに攻撃の魔導文字を書いている。


「死ね」


 ひどくシンプルな回答だった。

 仮面の人物は何かを放り、そのまま地上へ飛び上がる。


「手榴弾!? マズい、これ魔導防御……っ!?」


 恭平と和馬が張った防御の術は、魔導攻撃を防ぐものだった。ただの物理攻撃である手榴弾からは身を守ることができない。


「下がって、天音ちゃん!」


 和馬が身を挺して天音を守ろうとしたとき、胸元のペンダントが光り出した。見たことのない魔力の色だ。月の光のような銀の色が、周囲を包み込む。


「何なに、なにこれ!?」


 光がおさまると、そこには爆発しなかった手榴弾が落ちていた。ピンは抜かれているので、ただ不発だったらしい。


「高木さんの、運気アップのお守り……すごい……」


 天音は気の抜けた声を出すしか出来なかった。

 もう少しで死ぬところだったのだ、仕方ない。


「すみません山口さん。助けていただいて……」

「ううん、結局何もできなかったし……でも、皆が無事でよかったです」

「ってか、上は何してんの? まさか……」


 恭平は耳をすませ、地上の様子を探った。

 聞いたことのない、黒板を引っ搔くような不快な音がいくつかする。あとは時計のようなカチコチという零の音、ドリルのような葵の音、琴のような透の音、双子の雨のような音がする。雅の心電図のような音が聞こえてこないので、怪我人は出ていないようだ。


「上も上で襲撃されてるっぽい」

「副所長も戦ってるみたいです、空が真っ白に染まってます」

「あーそうなの? あの人音も匂いもしないからオレたちじゃわかんないんです」

「え、なんで……」

「わからないけど、とりあえず俺たちも上がりましょう。あ、天音ちゃんはここで待機してて。防御の術、張っておきます」


 魔導文字を書こうとする和馬の手を、そっと握って止めた。

 まっすぐに彼を見つめる。


「私も行きます」

「やめといたほうがいいですよ。多分、さっきの人と言い、上の人たちと言い、今回の襲撃は『白の十一天』の仕業です。魔導師は全員狙われます。武村さんがいるから死ぬことはないですけど、大怪我するかもしれません」

「それは皆さんも同じでしょう!」


 天音の大声に、和馬がびくりと体を震わせた。反対されるとは思っていなかったのだろう。和馬の後ろで、恭平が呆れたように溜息をついた。


「和馬、後輩を守りたいのはわかるけど、それじゃ足手まといって言ってるようなモンだよ。けど、違うっしょ? もう天音サンはウチの研究員で、魔導解析師なんだから、しっかり働いてもらわないと」

「それは……そうだけど……」


 天音は和馬にとって初めての後輩なのだ。どうしても気にかけてしまう。けれど、それは恭平の言っていたとおり、足手まといだと思われているように感じてしまう。


「私、先に行きますね!」


 天音は箒に跨ると、止められるより早く地を蹴った。地上目指して進む。その後ろを、慌てて恭平と和馬がついてきた。


「思い切りよすぎですよ!」

「ひゅー、かーっこいいー」


 無謀と言われて叱られてもおかしくないが、和馬は心配、恭平は揶揄いの表情を浮かべていた。天音としては減給覚悟だったのでちょっと拍子抜けする。


「地上に出ると同時にまたオレらで防御の術張るんで、天音サンは全速力で飛んで夏希のトコまで行ってください!」

「俺たちは暴れてる人を止めてきますんで!」

「ぶっ飛ばすの間違いだろ?」

「そうかも!」


 軽口をたたきながらも、2人の目は真剣そのものだった。その目を向けられることが、この研究所の一員として認められているような気がして、天音はまだ何もしていないのに泣きそうになった。


「はい、頑張ります! 後はお願いします!」

「任された!」


 恭平のサムズアップに、同じように親指を立てて返す。あれだけ訓練したのだ、高速飛行だって余裕のはず。


 空気抵抗を少なくするため前かがみになり、天音はスピードを上げて夏希のもとに向かった。


 ローブの中で、ペンダントの紫水晶がきらりと光っていた。


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