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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、特訓する
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4月6日、体力及び魔力の回復のため休養

 目が覚めたと同時に、凄まじい筋肉痛と魔力量の低下に気づいた。昨日の消費量に回復が追い付いていない。


 今日は天音が第5研究所に配属されてから初めての休日だ。明日は何をすべきかという天音の問いに対し、夏希は恐ろしく冷静に、「多分ろくに動けねぇからおとなしく休んどけ」と言っていたのだが、まさしくそのとおりだった。


 時計を見ると、最早朝というより昼に近い時刻だ。昨日の就業後、夕食すらとらず気絶するように眠ってからの記憶がない。


「情けないけど、本当にろくに動けない……」


 魔導師にとって魔力と体力は同じようなもの。回復していなければ疲労感を伴い、最悪の場合魔力を失う。とは言え、昨日はひたすらしごかれたものの、天音の限界はしっかり見極められていたので、疲労感のみで済んでいる。


 ベッドから降りられるか試そうとしたとき、ノックの音が響いた。


「は、はい!」

「どーも、ワサビッスー。入っていいッスかー?」


 慌てて鏡を確認しようとしたが、力の入らない今では身支度を整えることは難しいと判断して(諦めてとも言う)、葵に入ってきてもらった。


「おはよーございます。メシ持ってきたんスけど、食べられます? 無理だったら気にしなくていいッスよ、いつも誰かしら腹減ってるんで」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

「夏希が心配してたッスよー。あとリトモリも」

「すみません誰ですかそれ」

「恭平ッス」


 小森、からの連想だろうか。リトルと言うのは可哀そうな気がする。恭平よりも葵の方が背が高いので。


 葵が持ってきてくれたのは和馬が作った料理だった。休みの日くらい何もせず休めと言われたことがあるらしいが、「俺から趣味を取り上げるんですか……?」と真顔で言ってきたので、彼が毎日食事を作ることになったと夏希から聞いた。真顔の和馬は怖いと夏希が言っていたが、天音からすれば夏希の真顔もかなり怖いのでよくわからない。


 失礼かもしれないが、意外と葵は静かに座っていた。ティーポットからハーブティーを注ぎ、天音に渡してくる。


「……私、弱いですね」


 まるで看病されているような状況だからか、ポロリと本音がこぼれてしまった。誤魔化そうとしたが、葵の耳にはしっかり届いていたようで、


「そッスね」


 と軽い口調で返されてしまった。あまりにも軽いので逆に天音がびっくりしたくらいだ。


「なんかダメなんスか? 新人なんだからイイんスよ、甘えとけば」

「でも……」

「あーあまねんあれッスね、今まで挫折とかしたコトないタイプ」


 私は「あまねん」なのか。人生で初めてつけられた渾名である。

 呼び方こそゆるいが、言っていることは的を射ている。


「こっちからすれば、最初っからなんでもできると思ってないッスよ。ってか、できるんなら自分たちがいらないじゃないッスか。のんびりやっていきましょー」


 前向きな人だな、と思った。自身とは正反対のタイプ。

 マイペースで、夏希とは違った意味で何を考えているのかわかりにくいが、後輩のことをよく見て考えてくれているようだ。


 葵は持参したらしい自分用のマグカップにお茶を注いでいる。ワサビの絵が描かれているマグカップだ。どこで売っているか気になる。


「あまねん、今までずっと優等生で、周りからできて当たり前って思われてたんじゃないんスか? んで、自分でもそう思っちゃってるんスよ、きっと」


 ふと、中学時代のことを思い出した。

 担任に、「伊藤ならできるよな」と言われて質問すらしに行けなかったあのとき。

 母親に、「天音なら大丈夫よね」と言われて1人にされたあのとき。


 実際あのとき天音は優等生だった。質問しなくても授業内容はわかったし、1人でも進路は決められた。そのせいだろうか、特に何かに苦労した記憶は、学生時代にはなかった。苦労するほど何かに真剣に打ち込んだことがないとも言えるが。


「でも社会に出ると、正解のあることばっかじゃないッスからねー。そりゃ上手くいかないッスよ。急に環境が変わるんスから。けどま、新人の間は給料もらえるうえに甘えても失敗しても許されるボーナス期間だと思っときゃいいんスよ。夏希を困らせるくらいでちょうどいいんじゃないッスか?」

「いえ困らせたくはないんですが」

「例え話ッスよ。それくらい気楽にいきましょー」


 今この場に透がいたら、何かしらツッコミを入れていたのだろう。けれど、天音はそんな葵の言葉に救われたような気がした。例えて言うなら、ずっと背負っていた荷物を下ろせたような、そんな感覚。


 そうか、ここでは私は「優等生」じゃないんだ。


 できなくて当たり前だし、失敗しても呆れられたりしない。なりたてほやほやの魔導師に、1人でも大丈夫だなんて思う者はいない。


 思えば、この研究所に来てから、いい意味でも悪い意味でも期待されることはなかったように思う。転属するだろうとは思われていても、ここの研究員たちは皆、天音が成長できるように優しく支え、時には厳しく、課題を与えて助けてくれた。「できて当然」、そう思われないだけでこんなに気持ちが楽になるのか。


「何があっても、『私新人ですけど?』くらいの気持ちでいた方がいいッスよ。利用できるモンは利用しましょ。あ、なんなら初心者マークつけときます?」

「魔導衣につけるのはやめてくださいね……恥ずかしいので……」

「大丈夫ッス、魔導衣作んのはカラシなんで。あ、安心してくださいね、採寸は自分がやるッスよ!」


 笑いながら言う葵につられて、天音も笑顔になった。








 昨日しごきすぎて天音が潰れていないか不安になった夏希が、彼女の元気が出るように葵を寄越したのだということを知るのは、配属されてからしばらく経ってからのことだ。


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