同日、質疑応答
「……みたいな感じ」
「特定魔導現象と固有魔導は、こんな風に結びつくこともある」
話し疲れたのか、和馬が用意してくれたアイスティーを飲んで一息つくと双子は言った。
天音は途中からメモをとることも忘れて聞き入っていた。
「そ、そんなことがあったんですね……」
「泣いてる?」
「泣きそう」
天音にはきょうだいがいない。だから、双子が常に一緒にいることも特に不思議に思っていなかった。仲がいいんだなぁ、程度。一緒にいなければ生活することさえままならない事情も、片割れを自分につき合わせてしまうことの罪悪感もわかっていなかった。
「大変だ」
「泣かせちゃった」
「よしよし」
「いいこいいこ」
涙をこぼす天音を、双子が交互に撫でた。姉のはるかよりかなたの方が撫でるのが上手い。体調を崩した片割れによくやっていたのかもしれない。
「お飲み」
「ふうふうする?」
「そこまでこどもじゃないです……」
「年下は可愛い」
「恭平は可愛くない」
「天音は可愛がる」
「ね」
天音を落ち着かせようとはるかがカップを差し出した。かなたが揶揄うように声をかける。何故かこの場にいない恭平がとばっちりを受けた。
「まとめると、私は生成した過剰魔力をかなたに受け渡すことができる。自分で制御できる分以外は全部あげてる」
「私ははるかの魔力を貰って、使うことができる」
そのことを示すように、2人は魔導文字を書いて見せる。まったく同じ灰色の魔力が灯った。魔力は他人と似たような色になることはあっても、まったく同じ色になることはない。魔力の痕跡が魔導師を示すサインのようなものだからだ。すなわち、同じ色を灯す彼女たちは、魔力を分け合っているということだ。
「あの後、大急ぎで魔力の制御を勉強して、一月でここに配属された」
「忙しかった」
「え、養成学校は行ってないんですか?」
「そのときはまだ養成学校に行けないレベルだったから」
「夏希に直接教えてもらった」
確かに、一般の検査で魔導適性が出ていなかった2人が、養成学校に入学できるわけがない。しかし、それでは魔導師として認定されないのではないだろうか。
「魔導解析師以上の人間の推薦があればなれるよ」
「まあ、なった後普通の人より検査とか試験とか多いけど。ほぼ特例みたいなものだから」
「なるほど……そういう道もあるんですね」
落ち着いてきたので、覚えている限りのことと今学んだことをメモする。
「固有魔導……私にも使えるようになりますかね」
「どうだろ」
「生まれつき使えるタイプも、そうじゃない人もいるしね」
「この研究所で使える方ってどれくらいいらっしゃるんですか?」
「んー」
「全員」
はるかがしばし悩む。代わりに答えるようにかなたがさらっと言った。
「……私、本当にこの研究所なめてました」
「うん」
「だね」
9名全てが固有魔導持ちの魔導師。研究所としてここまで高レベルな場所はそうないだろう。
「というか、他の方の固有魔導ってどういうものなんですか?」
所長と雅、双子はわかった。それ以外のメンバーの固有魔導はどんなものなのだろうか。聞いてよいものならば聞いてみたい。魔導師によっては己の固有魔導に誇りを持ち、一切話さないものもいるというが、どうだろう。
「夏希のは知らない」
「でもあるのは知ってる」
先ほど悩んでいたのはそういうことか。夏希の性格ならば特に隠すこともなく教えてくれそうなものだが。
「あんまりいいモンじゃないとは言ってたね」
「もしかしたら、昔第1研究所のやつらに利用されてたのかも」
いい思い出のないものだから、隠しておきたい。そういうことだろうか。
彼女の生い立ちを考えれば、そうであってもおかしくない。
「ワサビは、自分の行動速度を上げられるよ」
「納期ギリギリのときしか使ってるの見たことないから納期って呼んでる」
「ああ……」
ネーミングセンスはあれだが、かなり便利な術だ。透に叱られながらも作業を進めている姿が思い浮かぶ。
「カラシは、他の人の力の底上げ」
「縁の下の力持ち」
少年漫画の世界ではない現代魔導社会に、カッコいい必殺技の名前など存在しない。固有魔導がまさしくそれを表している。各々が適当に呼びやすい名前で呼んでいるのだ。
「恭平はよくわかんない」
「ね。使ってるところ見たことないね」
必ずしも日常生活に役立つ術というわけではないから、同じ研究所の職員であっても知らないのは無理もない。
「和馬は姿を消せる」
「人見知りヤバいとき使ってるよね」
「解除忘れて料理してるときもあった」
「その日からポルターガイストって呼ばれてる」
初日、明らかに和馬の体を隠すことができないだろう場所からひっそりと姿を現したのは、その固有魔導か。天音は1人納得した。
「まあ、そんな感じ」
「意外とカッコよくないよね」
カッコよさ=強さとは限らないのだが、双子の中では大切らしい。
「楽しそうでなにより。体は休めたか?」
声に驚いて振り返ると、食堂の入口に夏希が立っていた。ヒールの高い靴を履いているはずなのに、足音一つしなかった。
「お次は体力育成だ、覚悟はいいか?」
「うっ……お手柔らかにお願いします」
「それはお前次第だよ。じゃ、借りてくな。授業お疲れさん」
「いってらっしゃーい」
「頑張ってねー」
双子に見送られながら、天音は腹をくくった。
何しろ、運動には縁のない人生だったので。とは言え仕事だ、やらねばならない。戦うしかないのだ。
戦場に赴く戦士のような顔をした天音を見て、夏希は思わず吹き出すのだった。




