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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、配属される
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同日、同刻

 同刻、天音は食堂にて双子の授業を受けていた。

 口数はそう多くないものの、はるかもかなたも丁寧に教えてくれる。


「医療魔導は難しい」

「他人に使うのは免許が必要」

「自分に使うのはいいんですか?」

「法律上はそう。でも使える人はほとんどいない」

「うちにもあんまりいない」


 内容をまとめていると、食堂の扉が開いた。和馬だろうか。思わずそちらの方を向く。


「あ、新人サンだー」


 入ってきたのは天音とそう年の変わらなそうな少年だった。その耳はヘッドフォンで隠されている。そのヘッドフォンを見て、昨日のことを思い出した。そうか、彼が魔導探知に優れた人物か。


「……あ、すみません。慣れてない人の音はやっぱ気になっちゃって。これでも話は聞こえてます」

「え?あ、はい」


 一瞬、彼が顔をしかめたような気がした。気のせいだろうか。天音が困惑している様子を見て、説明するように少年は耳元を指した。


「小森恭平です。魔力が音で聞こえるタイプの魔導探知力のせいでこんな感じで生活してます、よろしく」

「あ、私は……」

「聞いてます、伊藤天音サン。オレより年上でしょ、敬語じゃなくていーんで」


 恭平は冷蔵庫を漁って、水のペットボトルを取り出した。他に用事はないらしく、そのまま部屋に戻ろうとした彼を、はるかが捕まえる。


「うわ、何?」

「ちょうどいい」

「魔導復元師の授業、貴重」

「え!? こ、この研究所、魔導復元師の方が3人もいらっしゃるんですか!?」

「あー……まあ、一応? オレはなりたてなんで、あんま大したことないんですけど……」


 手持ち無沙汰なのか、ペットボトルをくるくると回している。そんな彼(しかも年下)が魔導復元師だとは到底思えなかった。


「よくわかんないけど、オレ何すればいいの?」

「医療班の研修」

「雅が投げ出した」

「ふーん」


 断るのが面倒だったのか、はたまた多少は興味があるのか。気だるげな表情のまま、恭平は双子に代わって天音の前の席に座った。


「課題、なんですか?」

「あ、レポートです」

「あー、なるほど。ならあとはもう適当にまとめておけばいいでしょ。医療魔導は理論さえ覚えちゃえばすぐに使えますし、これだけわかってるんなら大丈夫ですよ」


 渡したノート代わりのメモを斜め読みすると、恭平は事もなげに言った。

 思わず、言葉を失う。理論さえ覚えてしまえば、すぐに使える?

 先輩である双子でさえ難しいと言っていたというのに、彼は一体何を言っているのだ?


 呆然とする天音に気付いていないようで、恭平は話を続ける。


「かすり傷とかできたとき便利ですよ、医療魔導。オレも……もがっ」

「出た、天才節」

「シャラップ」


 黙れ、とでも言うようにかなたが恭平の口に饅頭を押し込んだ。和馬お手製のものらしい。先ほど天音も口にしたが、上品な甘さで何個でも食べられそうだった。


「駄目だったか」

「駄目だったね」

「ごめんね、私とかなたが続きやるね」

「天才は人に教えるの向いてなかったね」


 うんうんと頷きあう2人。恭平は何かを言いたそうにしていたが、諦めて饅頭を咀嚼していた。


「でも内容は大丈夫そう」

「ね。このまままとめてみて」

「あ、はい。ありがとう、ございます……」


 褒められているのに、虚しくなった。

 自分より年下の少年が魔導師として、階級も実力も上であることが、天音の心を傷つけた。

 自室へと向かう足取りはひどく覚束ず、ふらふらと力の抜けた歩き方しかできなかった。









 天音が食堂を去り、地下の自室へ戻ると恭平はヘッドフォンを外した。


「あー、キツかったー」

「珍しい」

「どんな音?」


 初めこそ恭平は常にヘッドフォンをしていたが、研究員たちの魔力に慣れていくうちに外すことが増えていた。だというのに、天音の傍では片時も外さなかったので、かなたはどんな音が聞こえているのか気になったのだ。


「めっちゃくちゃなギター。壊れるんじゃないかってくらいの」

「和馬は紙とインクの匂いがするって言ってたよ」

「ね。私たちには青っぽい紫に見えるけど」

「オレも匂いか色でわかったらよかったのになぁ」


 熟練の魔導師は、内に秘めた魔力だけでも個人を特定することができる。特に優れた魔導探知力を持つ恭平は、何部屋か隔てていても魔力の音を聞くことができた。この食堂からでも雅の魔力の、心電図のような音が聞こえてくる。


「こんなに人の音でびっくりしたのは2回目だよ」

「ギャップすごいね」

「なんでだろ」

「んー、多分なんだけど……魔導のこと、嫌いなんじゃないかなぁ」


 壊れてしまえ。まるで、そんな気持ちを表すような音だった。弦が切れようがお構いなし、破滅を望むような不協和音。


「そりゃ夏希も気にかけるはずだ」


 センパイってのも楽じゃないね。

 そう言うと、恭平は頭の後ろで手を組んで、椅子の背もたれに身を預けた。ゆらゆら椅子ごと揺らしながら天井を見上げている。


「オレ、あの人と多分相性悪いわ」

「知ってる」

「わかってた」

「え、なのに絡ませたの? なんで?」


 ぴたりと恭平の動きが止まる。

 わかってて何故天音と会話をさせたのか、この双子の考えることがわからなかった。


「あの子に必要なのは自分のことを正しく理解すること」

「自分は2位卒業した才能ある人間だって思い込んでるけど、ここじゃ普通未満ってこと」

「恭平みたいな天才に会わせることで、過信してる部分に気づかせようと思った」

「きっと、夏希も雅もそれを望んでる」


 天音は学生のうちは優秀だったかもしれない。けれど、彼女は天才ではなく、ただ記憶力がよかっただけ。覚えるだけの勉強なら負けないかもしれないが、ここは「研究所」なのだ。読み解き、理解し、記憶するのは大前提。そのうえで何に気づいたのか。何を思いついたのか。それが必要とされる場である。学生のときのままでは困るのだ。


「副隊長様方はさすがの慧眼で」

「からかうな」

「やめて」


 2人は調査班の副班長を務めている。そのことをからかうように口にすると、容赦のない肘鉄が両サイドから恭平を襲った。


「うぐっ」


 小さな呻き声を上げた恭平だが、文句を言うことはせずに黙って耐えていた。

 双子と恭平の上下関係がわかった瞬間である。


「とにかく報告しなきゃ」

「夜にする? それとも今?」

「……あー、気まずいから会わないだろう夜にすれば?」

「そうだね」

「恭平の割にいいこと言うね」


 階級で言えば上なのだが、どうにもこの2人には敵いそうもない。恭平は脇腹を押さえたまま、しばらく動くことができなかった。


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