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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、配属される
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同日、9時10分

 夏希が去った後、雅は大きく溜息をついた。隠す様子はまったく見当たらない。


「どうせすぐいなくなるのじゃ、教えたところで無意味じゃろ」


 はっきりとそう言われて、返す言葉もない。とはいえ、まだこの研究所にいる以上、上司である夏希が言うとおりに研修を受けなければならない。


 どうしようかと悩んでいると、雅は面倒くさそうにしながらも椅子を引いて天音に座るよう促した。


「早うせい。わらわの貴重な時間を割いて研修をするのじゃ、怠慢は許さぬぞ」

「は、はい! よろしくお願いいたします!」

「とはいえ、怪我人や病人が出たらそちらを優先する。よいな?」

「勿論です」


 意外と患者には優しい人なのかもしれない。医者として、特に魔導医師としては立派な人物のようだ。


「さて、まずは何をするか……新人、昨日の研修の流れを申せ」

「あ、ええと……技術班について学んだ後、北山さんと増田さんの経歴や研究テーマについて教えていただきました」

「ふむ。つまらぬな」


 研修内容を聞くと、雅はばっさり切り捨てた。


「話しているうちにわらわが退屈で死にそうになる。だいたい、何故わらわがこんな新人に懇切丁寧に説明してやらねばならぬのじゃ。わらわにはなさねばならぬことが山ほどあるというのに」

「そ、その……お忙しいところ、申し訳ありません……」

「ふん。夏希の頼みでなければ無視していたところじゃ。そもそも、どうせ3日も持たぬと考えておったからの」


 この研究所の転属率を考えると、確かにそうなってしまうのかもしれない。

 何をするか考え込むように目を瞑って腕を組む雅を見て気づいた。

 皆すぐ転属してしまうから、ここの研究員たちは研修に慣れていないのだろう。


「よし、新人」


 伊藤天音です。小さく主張してみたが効果はなかった。すぐにいなくなりそうな人間の名前は覚える気がないらしい。


「は、はい」

「医療班は名のとおり、怪我をした研究員の治療にあたるのが仕事じゃ。わらわは魔導医師免許をもつ。当然、医療と魔導について研究しておる」

「はい」

「以上じゃ。もう話すことはない」


 あまりにもざっくりしすぎた説明に、ペンを落としかけた。研修時間、僅か数十秒である。


「あ、あの……経歴、とかは……?」

「わらわは設立当時からこの研究所におる。その前は第1研究所に配属されていたが、この研究所に魔導医師がいなかったので転属となった」

「今まで他に医療班の方がいたことはありますか?」

「あるにはある。じゃが、医療も看護も学んでいない新人が配属されることはない」


 一応、質問には答えてくれるようだ。

 面倒くさそうな表情は変わらず、最低限の回答しか返ってこない。だが、天音のメモをとるスピードに合わせて話すなど、多少は気を遣ってくれている。


「まだあるのか?」

「あ、ええと……何故、医療班だけ地上にあるんですか?」


 他の研究員は地下に研究室を構え、食事以外のほとんどの時間を地下で過ごしている。そんな中、何故彼女は1人地上にいるのだろうか。


 そう質問すると、呆れたように回答が返ってきた。


「外部での発掘調査で怪我人が出た場合に、すぐ対応できるようにじゃ。地上ならば他の医療施設への移動も容易い。少し考えれば分かるじゃろう」


 確かに、怪我人を地下まで運ぶのは時間がかかる。本当に少し考えれば分かることだったので、天音は恥ずかしさのあまり俯いた。


「真面目な優等生の新人は、教本に載っていることだけは完璧じゃのう」


 そう言われて、何も返せなかった。思わずペンの動きが止まる。


「……なら! それ以外も完璧になれるように、教えていただけますか!」


 意を決してそう言うと、再び呆れたような声で返される。


「魔導が完璧にわかるのならばわらわたち研究員は存在せぬわ、たわけ。夏希でさえわからぬことがあると言うのに、新人魔導解読師が何を言う。そなたはただのひよっこじゃ」

「そ、れは……」

「わらわが言いたいのは、教本丸暗記の頭でっかちになるな、ということじゃ。想像せよ、思考を途切れさせるな。一瞬のひらめきが魔導師には必要じゃ。わかったのなら早う出ていけ。研修は終いじゃ」


 雅が空中に何やら文字を書く。ピンク色の魔力が光ると、天音は医務室から放り出されてしまった。


「わっ!?」

「何事」

「大変」


 バランスを崩し、転びかけた天音を誰かが支えてくれたようだ。振り返ると、そっくりな顔が2つ並んでいた。


「新人だ」

「新入りだ」

「あ、えっと……伊藤天音です、一昨日からお世話になっております。すみません、助けていただきありがとうございました」

「固いね」

「真面目だね」


 そっくりな2人―恐らく、双子の姉妹だ。フリルとレースがたっぷり使われた魔導衣を見て、葵の言っていた「ゴスロリ風にされた」という人物を思い出した。彼女たちのことだったのだろう。


「松野はるかです」

「松野かなたです」

「何してたの?」

「何されたの?」


 首を傾げる角度までそっくりな双子が問う。


「あ、その、医療班の研修を受けてまして……」

「なら医務室行かないと」

「ほら、あっちあっち」


 双子が案内してくれるが、放り出された身としては戻りづらい。どうしようかと困っていると、ピンク色の魔力が再び光った。


「わ」

「あ」

「レポート用紙……と、メモ?」


 ひらりと落ちてきたのは、昨日も渡されたレポート用紙。それに、クリップで何やらメモが付けてある。


『18時までに夏希に提出。80点以下は許さぬぞ』


 可愛らしい筆跡とは正反対の脅し文句。天音は頭を抱えた。あの内容でどうやって課題をこなせばいいんだ。


「もう終わったの?」

「最速、驚き」


 その口ぶりからして、双子の時はもっとしっかり研修していたことがわかる。

 私にも同じ内容でやって欲しい。切実にそう願ったとき、天音の脳内に1つのアイディアが浮かんだ。


「すみません、お手すきでしたら教えていただきたいことがあるのですが!」

「何だろ、めんどくさそう」

「内容によっては忙しくなるよ」


 素直な双子を逃がさぬよう、天音は彼女たちの手を握って言った。


「医療班について、教えてください!」


 そう言うと、双子はしばし顔を見合わせた後、仕方がないというように頷きあい、


「いいよ」

「やるよ」


 と答えて、天音を引きずって食堂まで歩き出した。


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