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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、配属される
19/141

4月3日、9時4分

 返却されたレポートの評価が、想像以上に高かった。

 天音は書き込まれた数字にほっとする。


「ちゃんとできてたねー、よしよし」

「あ、ありがとうございます」

「今日もそんなカンジでよろしくね」

「はい!」


 今日は医療班での研修だ。

 地下から「家」へと上がる。


「今日も昨日と一緒ね。基本、あっちにお任せしてるから、何かあったら防犯ブザー鳴らして」

「……これ、必要な方なんですか?」


 また変人か。げんなりしながら天音が言うと、ものすごく悩んだ表情の夏希がしばし唸った後答えた。


「害はないよ。害はないけど話の通じなさで言ったら上かもしんない」


 葵以上に話の通じない相手がまだいるのか。この研究所の人間に会うのはこれで5人目になるが、何事もなく会話を進められる人物が1人もいないことに驚いている。


「でも、怪我したり具合悪くなったりしたらお世話になるから慣れといて」

「は、はい」

「でもまあ、腕は確かだよ。死んでなきゃ治してくれるって思ってOK」

「物騒過ぎませんか!?」

「そう? 発掘中に怪我したり、反魔導主義団体に襲われたりすることもあるからありえない話じゃないよ」


 確かに、如何に魔導耐久に優れていようと、怪我をすることはある。近年は反魔導主義団体の活動が活発化しており、その被害についても授業やニュースで知ってはいた。しかし、そこまで大きな話だとは思っていなかった。


「まあ、発掘行くことになったらちゃーんと守ってあげるから安心して」


 そう言って、夏希は医務室へと歩いていく。その後ろで、天音が青白い顔をして震えている。


(コイツ、本気でやる気がなかったんだな……いや、『自分のことだと思ってない』のか)


 和馬や葵たちに見せたような鋭い視線がバレぬよう、前を向いたまま考える。

 天音は、自分が魔導師になることのイメージはできていても、魔導師として働くことのイメージはできていない。養成学校でかなりリアルな実習を受けても、だ。


 戦争やテロの様子をニュースで見て、惨い、恐ろしいと思っても、自分がそれに巻き込まれることはないと思っているように、どこか他人事のように捉えている。


 このままではどこに行っても魔導師として成長はできやしない。

 魔導師としての自覚を持ってもらうためにも、研修の内容を少し変える必要があるかもしれない。


 医務室の扉をノックする。可愛らしい声を意識して、夏希は声をかけた。


「雅ー、入るよー」

「なんのためのノックじゃ」


 ノックとほぼ同時の入室だったせいか、室内から注意されている。それを気にせず、夏希は天音を室内に押し込んだ。


「急患か?」

「新人だよ、言ったでしょー」

「ああ」


 当たり前のように会話をする2人を見て、天音は固まってしまった。

 それも仕方がないだろう。なせなら、医務室にいたのは、120センチ程度の女児だったからだ。


 伸ばした髪をツインテールにし、大人用のぶかぶかの白衣を着ている。白衣の下は一応魔導衣だが、どう見ても研究員の真似事をしている子どもにしか見えない。


「わらわは武村雅。この第5研究所の医療班班長じゃ。崇め奉るがよい、新人よ!」

「ごめんね、この子中二病なんだ」


 椅子の上に立ち、腰に手をあててポーズをとる雅。その横で、フォローを入れるように夏希が囁いた。


「そっ……それはどうでもよ……くはないですが! それより! 法律違反ですよ副所長! どう見たってまだ小学生の子どもでしょう!」


 夏希も幼く見えるが雅ほどではない。誰が見ても雅は小学生だと言うだろう。いくら魔導適性があったとしても、義務教育期間は特定魔導保護対象として保護されるだけで、実務に関わらせてはいけないと定められている。


「ふん、まだ『眼』の使い方も知らぬ青二才が。わらわを見てもこの魔力に気づかぬのか」


 ふんぞり返ったまま、見下すように雅が言う。


(『眼』の使い方……?)


 そんなもの、習ったことはない。そもそもどういう意味なのかすらわからない。困っていると、急に視界が真っ暗になった。


「え!?」

「そんな難しいこと言って新人ちゃんをいじめないでよー」


 夏希の声が近い。

 顔にあたる質感から、黒手袋をはめた夏希の手が目元を覆っていることがわかった。

 数秒の後、ゆっくりと手が離される。


「あ……」


 視界に入ったのは、真っ白な霧のようなもの。


「副所長の魔力……?」

「ちょっとキミの眼に術をかけさせてもらったんだ。ほら、見てごらん」


 言われたとおりに雅の方を向く。

 雅の周りには、淡い黄色と緑の魔力が漂っていた。何の術も使っていないのに、だ。


「雅は特定魔導現象、過度循環の対象者なの。魔導生成値に対して魔導循環値が高すぎるから、魔力失調を起こしやすくてね。それを防ぐために、身体を幼くしてわざと魔導循環を悪くしてるんだ。周りにあるのは、透と葵の魔力だね。2人が作った特殊魔導繊維の魔導衣と、ペンダント型の魔導抑制機器から出てるヤツ。上手な子が作った魔導機器は注意して見ないと魔力の色や匂いがわかりにくいんだよ」

「夏希の手助けがないとこの魔力にも気づけぬか、愚か者め」

「雅、いじめないでって言ったでしょ」


 先ほど急に視界を塞いだのは、魔力を見やすくする術をかけるためだったのか。さほど強くかけていなかったようで、2、3回瞬きをすると魔力は見えなくなってしまった。


「……仕方あるまい。よいか新人、このわらわが研修をするのじゃ、生半可な成績は許さぬぞ」

「プレッシャーも与えない!」


 夏希の言うことは聞くのか、雅は不満そうにしながらも大人しく椅子に腰かけた。

 ようやく、研修の始まりである。


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