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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、配属される
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同日、13時8分

 途中ではっと気が付いたような透が話すのを止めたおかげで、天音は専門的過ぎる話から抜け出すことができた。


「すみません、午後はちゃんとやりますんで……」

「あ、いえ、難しくはありましたが興味深かったです。ありがとうございます」


 とはいえ、話すスピードが速すぎてほとんどメモはとれていないし、内容もわかっていない。だがそれを伝えるわけにもいかず、天音は一礼した。


「んじゃ、1時間後にまたここ集合ってことでよろしくッス」

「はい」


 まだまだ話したりなさそうではあるが、葵はそう言って天音を解放した。










 1時間後。天音は再びラボの椅子に座っていた。正確には、10分前には座っていたのだが、葵がなかなか来ないのだ。天音と同じく10分前には来ていた透が、苛立ったように何かを書いている。


「自分で言ったくせになに遅刻してんだ!」


 正方形の紙を折り紙のように折って、鶴の形を作る。それに魔力を流し込んで、空中へ放り投げた。


「わ……」


 鶴は翼を動かし、飛んで行く。恐らく、葵の元へ行くのだろう。


「なんですか、今の!?」


 見たことのない術だった。連絡手段の1つなのだろうが、教本には載っていなかった。


「まあ、簡単な連絡手段の術です。スマホもあるんですけど、ああいう普通の機械は電気系の魔導と相性が悪くてすぐ故障するので、魔導師はこういうのをメインに使ってます」

「メインということは、他にもあるんですか?」

「テレパシーみたいな術もありますよ。難しいので僕は使えませんが」

「どなたか使える方はいらっしゃるんですか?」


 ぜひ見てみたい。思わず質問攻めにしてしまった。

 だって、テレパシーのような術なんて、天音が思う「魔法」のようだ。


「うちでは5人ですね。所長、副所長、和馬くん、午前中に言った魔導探知が高い恭平くん、それともう1人、医療班の方が使えます」

「すごい……難しい術なのに、それだけ多くの方が使えるんですね……」

「まあ、うちは少数精鋭がモットーなので」


 使えない僕が威張っても意味ないですけどね。

 そう言って透は穏やかに笑った。

 しかし、それもほんの一瞬のこと。


 折り鶴につつかれながらようやくやってきた葵を見るなり、透は綺麗な飛び膝蹴りをかました。


「時間は守れ!」

「ぎゃー! 自分一応上司ッスけど!?」

「今のお前は敬うに値しない!」


 息ぴったりだなあ、この2人。

 天音は現実逃避をすることに決めた。


「あれッスよ!? サボりじゃないッス、必要な資料用意してたら遅れました、さーせん!」

「感謝と謝罪はきちんとしましょうね、班長?」

「すみませんでした!」

「だ、大丈夫です、ありがとうございます」


 確かに、葵の手には本やレポートをまとめた紙のようなものがあった。先ほどの言葉は嘘ではないのだろう。


「本当にすみません、班長も来たので始めますね。ちゃんと時間内に終わらせますんで」

「はい。よろしくお願いします」


 きっちり頭を下げる天音に、透は「皆見習って欲しいなあ」とこぼした。

 確かに(こう言っては失礼だが)、この研究所内で自分と似たタイプの人を見たことがない。研究者というのは良くも悪くも個性的である。


「じゃあまず、班長からお願いします」


 早速不安要素からきた。声の質からして彼女が奇声の主であることはわかっていたし、今日のこの数時間でいかに彼女が変わった人物なのか知ってしまったので、正直怖い。


「ほいさ。任されたッス」


 しかし、意外にも葵は静かにホワイトボードの前に立った。持っていた資料を天音に差し出す。


「自分の資料ッス。まず、簡単に経歴から話すんでざっと目を通して欲しいッス」


 渡された数枚の紙の1番上には、葵の履歴書があった。

 履歴書といっても、普通の就職活動に使うようなものではなく、魔導考古学省発行の個人データのようなものだ。名前や生年月日、最終学歴、魔導適性値、養成学校の名前や研究テーマなどが書かれている。


「こ、これ、私が見ていいものではないのでは!?」

「夏希に許可は取ったッスよ」

「副所長ですよ、班長」


 呆れたように透が指摘する。だが、葵はまったく気にせず話を続けていく。


「自分、元々は第3研究所にいたんスよ。適性値は73なんでそう高くないんスけど、工業高校にいたからってことで期待されて、技術班所属になったッス」


 魔導適性値73。なるほど、だから透は彼女のことをギリギリ研究員と言ったのか。


「でもまあ、半年で辞めたッス!」

「ど、どうしてですか?」


 第3研究所は最北にある研究所だ。独自の言語と文化を残したかの地に、他国にはない魔導遺跡が残されているのではないかと期待されて設立された。事実、その読みは当たり、いくつもの魔導文字や資料が発見されている。実績も資金もあり、面積だけで言えば最大の研究所だ。


「え、だってアイツら、『役に立つ』ものしか作らせてくれないんスよ」


 どういうことだろう。

 技術班の職務として、それは当然のことであり、辞める理由にならないのだろうか。


「研究テーマだのなんだの聞いておいて、自分の意志は完全に無視。調査のため、魔導師のため、社会のため……そう言って、必要なもの、アイツらの役に立つものしか作らせてもらえなかったッス。あそこでは、自分はただの便利屋。ずっと、辛かった……」


 ずっと笑っていた葵の表情が暗くなる。

 本当に、辛い記憶なのだろう。


「んで、転属届出そうとしてたときッス。夏希が、ふらっと第3に来てたのは」


 葵の目が、遠くを見るように細められた。夏希と会った日を思い出しているのだろう。

 気づけば、天音はメモをとるのも忘れて話に夢中になっていた。


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