表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、発表会に参加する
141/141

国立第5魔導研究所の徒然

副所長のオシャレ事情


 清水夏希と言われれば、誰もが「見た目に無頓着」と答えるだろう。休日すら魔導衣を纏い、長い髪は結われることなくそのまま。化粧をしている姿を見たこともない。お洒落かと思っていた高いヒールの靴は、ファッションではなく武器として機能面で選ばれたものだった。


 そんな、お洒落にまったく興味のなさそうな夏希の意外な一面を、天音は見てしまった。


 その日は風が強かった。たまたま外の空気を吸いに来た天音と、空中散歩をしていた夏希が、中庭で会話していたときのことである。


 ぶわりと吹いた風が、夏希の長い髪を揺らした。普段は隠れていた耳が露わになる。


「え」


 魔導で浮いていたせいか、天音の目の前辺りにあった夏希の耳が、はっきりと見えた。


「なんだ、気づいてなかったのか」


 夏希の耳には、いくつものピアスがつけられていた。耳朶だけではなく、軟骨の部分にもいくつかあった。魔導衣の刺繍に合わせているのか、銀色のピアスだ。


「いつも髪で隠れていたので……あの、それって」

「言っとくが、自分の意志で開けたヤツだからな」


 第1研究所の人間に開けられたわけではない、と夏希は言う。だが、天音は信じられなかった。夏希が自分からわざわざそんなことをするとは思えなかったからだ。


「なんつーか、その。あれだよ、あれ」

「いや、どれですか」


 夏希は非常に言いづらそうに言葉を濁した。天音のツッコミが入り、仕方なく、本当に仕方なくといった表情で理由を説明する。


「若気の至り」

「雑すぎます」

「あー……なんて言うのが正解か、わからねぇけど……やっと自分の体になった、って思ったから、つい」


 第1研究所を出て、この研究所の副所長になって。そのときに、ようやく夏希は自分の体が自分のものになった、と感じたのだと言う。


「そしたら、色々やってみたくなっちまった」


 天音は彼女の耳元を見つめた。あのいくつものピアスは、いわば自由の証のようなものだ。この研究所は檻のようなものだけれど、実験はされない。夏希はここでようやく自由を手にすることができた。そう思ったときに、試してみたかったのがピアスだった。


「……いくつ開けたんです?」

「右は5、左は3」

「左の、棒みたいなのってなんですか」

「インダストリアル」

「実は北山さんの作品だったりします?」

「ないない、ただの飾りだ」


 風はいつの間にかやみ、夏希の耳は再び髪に隠れた。


(副所長の意外な一面を知ってしまった……)


 誰かに言いたくて仕方なくなった天音はこの後こっそりと由紀奈に言うのだが、自分以外皆知っていたという事実に、少し悔しくなるのだった。


秋、だがときどき夏

「今日、うちに遊びに来ないか」


 放課後、秋楽は隣を歩く夏希を誘った。以前、彼女が「家に帰っても暇だ」と言っていたのを覚えていたのだ。


「誕生日プレゼントに新しいゲームを買ってもらったんだ。前、ゲームはしたことがないって言ってただろう」


 夏希の家は厳しいのか、彼女は色々な娯楽を知らなかった。ゲームもそうだし、鬼ごっこやかくれんぼと言った、誰でもやったことのあるような遊びも知らなかった。きっと、家ではできないだろうから、秋楽の家で一緒に遊ぼうと思ったのだ。


「……なんだ、それ」

「うん?」


 彼女が何かを秋楽に聞くことは少なかった。夏希は秋楽よりずっと多くのことを知っていた。同級生の中で1番頭がよかったので、質問することと言えばほとんどが彼女の知らない娯楽についてだった。


「その、誕生日プレゼントってなんだ」


 秋楽は言葉を失った。

 誕生日プレゼントを知らない?

 彼の中で、夏希の家が「厳しい」から「無関心」なのではないかという考えが生まれた。娯楽に疎いのも、誰も遊んでくれなかったからなのでは。


「……生まれた日を祝って、家族がプレゼントをくれるんだ」

「ふぅん。生まれた日はめでたいのか」

「夏希! お前の誕生日はいつだ?」


 せめて自分は祝いたい。秋楽が聞くと、夏希はつまらなそうに答えた。


「7月1日。夏生まれだから夏希。適当な名づけだろ」

「俺だって秋生まれの秋楽だ」

「お前のはしっかり考えられてるだろ。あたしのは、なつって打ったらすぐ出る名前にしたんだって、親が言ってた」

「……夏希! 今日は7月1日だ!」

「はぁ? 11月4日だろ、昨日がお前の誕生日だったんだから」


 訳がわからない、といった顔で夏希が言った。彼女のそういった顔は珍しくて、秋楽は笑ってしまった。


「お前の、今までの誕生日を祝おう! 俺の家で! ケーキとプレゼントは来年まで待ってくれ、今年は歌を歌う!」


 今まで言われなかった12年分。だから12回、歌を歌おう。秋楽が言うと、「歌?」と不思議そうにしている夏希が首を傾げた。


「今までの12年分、しっかり祝われる覚悟をしておくんだぞ!」

「覚悟がいんのか……すげぇな、誕生日……」


 その日、秋楽とその家族に囲まれて、恥ずかしそうに祝われる夏希の姿があった。


 残念ながら、その年の12月、夏希は第1研究所に売られ、ケーキとプレゼントの約束は果たせなかった。だが、秋楽が魔導師として魔導考古学省に入った年に、こっそりと2つのものが贈られた。


これだけのスパイスじゃ足りない

 魔法が復活して、1ヶ月ほど経った。魔法保護課というものが新設され、その中の開発班に配属されてから、毎日がとにかく忙しかった。


「班長、この書類の期限は昨日まででしたけど……?」

「ぎゃー! 忘れてたッス!」

「……はあ。僕も手伝いますから、さっさと終わらせましょう」


 働く場所こそ変わったが、透の仕事は特に変わっていない。ひたすら葵のブレーキ役として働き、サポートする。何も、変わっていなかった。


(……所長は面白がっている気すらする)


 先日、ひょっこりと顔を出した零が、進展の無さに笑っていたのを思い出す。恭平が天音に告白した今、次はお前の番だとばかりに周囲は透を揶揄っていた。


(僕だって、好きでこのままでいるんじゃない)


 ただ、少し受け入れられないのだ。

 自分の理想のタイプは、穏やかで尊敬できるような人なわけで。葵は尊敬はできるかもしれないが、すぐ色々なものを爆発させるし適当だし放っておいたら寝食どころか風呂まで忘れるような人間だ。


 けれど。

 そんな彼女を好きになってしまったのだから仕方ない。


 慌ててペンを走らせている葵に、覚悟を決めて言った。


「……好きです、班長」

「疲れてるんスか?」

「いえ」

「じゃあアレッスね。勘違い。1番近くにいた女だからそう思っちゃっただけッスよ」


 顔を上げることすらせず、葵はそう言った。


 彼女が、自身の想いに気づいているのは知っていた。だが、そんな風に言われるとは思ってもいなかった。


「……どういうことですか」

「鏡見りゃわかるんスよ。自分がモテるタイプじゃないなんて」

「だからって、人の気持ちを決めつけないでもらえますか」

「……だって、わかんないんスよ」


 ようやく、葵が顔を上げた。俯いていたせいでわからなかったが、彼女は耳まで赤くしていた。


「そんなコト言われたの、初めてなんスよ……」

「工業高校いたくせに!? 女子ってだけでモテそうじゃないですか!」

「偏見ッス! ってか自分は男子に混じってひたすら色んなモン作ってる側だったんでモテなかったッスよ!」

「あーもう!」


 可愛いな!

 照れている葵を見て、そう思ってしまったのだから重症だ。


「勘違いじゃないんで! 好きです、僕と付き合ってもらえますか!」

「なんでキレてんすか!?」

「いいから答えろ!」

「あの、自分、一応上司……」


 葵は視線を彷徨わせ、透と目を合わせようとしない。それがなんだか気に入らなくて、彼女の両頬を手で押さえてこちらを向かせた。


「で、返事は?」

「……は、はい……」


 消え入りそうな声で、葵は答えた。すると、 背後でクラッカーを鳴らすような爆音と、盛大な歓声が上がったので思わず振り返る。


「いやー、書類取りに来たらいい雰囲気になってて」

「すみません、覗くつもりじゃ……」

「悪ぃ、顔出しに来たら入りにくくてよ」

「単なる好奇心です」

「お祝い」

「おめでとう」

「ご、ごめんね。ケーキとか作る?」

「ついにか。ようやく覚悟を決めたのじゃな」

「せ、先生……まずはお祝いしましょう?」


 恭平、天音、夏希、零、はるか、かなた、和馬、雅、由紀奈……旧第5研究所の全員が揃っていた。


「……爆発させましょう、班長。今なら許します」

「爆発させても全員傷一つできなさそうッスけど」

「ちっ!」


 再び、クラッカーが鳴る。冷やかしと祝福の声が交互にかけられた。


「……ちゃんと、自分も好きッスよ……透」


 たった一言で全てがどうでもよくなってしまうのだから、本当に重症だ。


 透は冷やかしてくる連中に飛び膝蹴りをかましながらも、笑みを隠しきれなかった。


恋愛下手と吊り橋効果

「オレ、天音サンが好きです。その、天音サンさえよければ……オレと、付き合ってください」

「今言うことですか!?」


 反魔法主義団体に襲撃された魔法考古学省の門の前。土煙と魔力が立ち込める中で、恭平はいきなりそう言った。


 天音は執務室に放たれた爆発の魔法を避け、そのまま窓から飛び降りて飛行魔法で着地したところだった。室内にいたので、いつもの三角帽がなく、少し寂しい。


「吊り橋効果っていうのを聞いたんで」

「誰から!?」


 話しながらも手は止めない。恭平は刀を振るい、風を起こして襲撃者たちを気絶させていく。


「双子から」

「そうですか! 多分そういうことが言いたかったんじゃないと思います!」

「ドキドキしませんか? オレはしてるんですけど……」

「間違いなく今は顔を赤らめるタイミングじゃないですね!」


 恥ずかしいのか、視線を逸らして頬を赤くする恭平。だが、その足元には、目を回して気絶している反魔法主義団体のものたちが転がっている。告白の状況としては最悪だろう。


「へ、返事、待ってますね……」

「すみません、ちょっと頭が追い付かないんですけど……」

「いつでもいいので……あっ、でも、オレが生きてる間でお願いします」

「驚くほど気が長いですね」


 天音は最後の襲撃者を倒すと、ローブの裾を払った。


「……今じゃ、駄目ですか?」

「あ、ちょっ、心の準備が……」

「……私も、いきなり言われたんだからおあいこです」


 恭平に屈むよう頼む。彼は素直に頷いて、天音の言うとおりにした。


「……私も好きですよ」

「……夢?」

「現実です」


 さて、仕事しないと。

 天音は魔法衣を翻して、建物のほうへ戻っていく。


「いや、ムードとか……」

「恭平さんが言います?」

「うーん……天音サンらしくていいです」

「仕事に戻りますから、呼び方は『大臣』です」

「公私混同しないトコも好きです」

「……はいはい」


 なんてことのないように歩いている天音だが、その耳が赤くなっていることに、恭平は気づいていた。


 恭平の人生史上、最高の日である。


 ……このあと、仕事が大量にあったことを除けば。


寄り添う影と、もう1つ

 はるかとかなたは一卵性双生児だ。そっくりだと言われていたし、自分たちでもそう思う。何度も入れ替わって遊んだし、そうしてイタズラをしたりもした。


 自分たちは本当にそっくりだと思う。けれど、第5研究所の研究員のように、2人に深くかかわる人物は時間が経てば2人を見分けられるようになっていく。それは、「松野家の双子」ではなく、「個」を見てもらえているようで嬉しかった。それが、いつの間にか苦しくなっていったのを、はるかは感じていた。


「あ、かなたちゃん」


 和馬の声が聞こえた。片割れに話しかけているようだ。はるかは2人の邪魔にならないようにそっと離れた。


 彼が自分の半身を愛していると気づいたのはいつのことだろうか。はるかは考える。魔法が復活した後? それとも、もう少し前? 詳しくは覚えていない。


 はるかは入学し直した学校の課題を解くふりをして俯いた。


 思えば、自分はかなたに姉らしいことは何1つできていなかった。自分ばかり優先する親に振り回せれ、碌に学校も行けなかったかなたは、辛いことばかりだっただろう。


 だから、せめて。せめて妹の恋路だけは邪魔しないと、心の底から応援すると決めたのだ。


 例え、自身の恋心を殺すことになっても。


 ノートに水滴が落ちた。ポタポタと何滴も垂れていく。早く拭かなくてはと思うのに、身体が動かなかった。


(……幸せになってね)


 半身が、自分と同じ目をして彼を見つめていることに、はるかは気づいていた。きっと、2人なら上手くいくだろう。


 課題は、その日のうちに終わらなかった。


変身と黒猫

 清水零は固有魔導を使う際、猫の姿を好んでよくとる。それは、猫という生き物の習性が、彼にとって非常に都合のよいものだからだ。


 猫はどこにいようと怪しまれない。高い塀や狭い場所でも自由に行くことができる。魔導考古学省に隠れて生活するにはぴったりだった。


 ただ、それは表向きの理由である。彼をよく知る人物ならば、確実にそれは理由の1つに過ぎないと断言するだろう。


 彼が猫の姿をとる、最大の理由。それは――


 彼の妻、清水夏希が猫好きだからである。


「今仕事中だから後でな」


 人の姿のときはそう軽くあしらわれるが、猫の姿をとると、書類仕事の際に空いた片手で撫でてくる。暇なときには抱き上げられたり、猫じゃらしで遊んだりもする。正直、中身は完全に人間なので猫じゃらしは気にならないのだが、猫のようにはしゃぐと夏希が喜ぶのでそうしている。


 猫の姿をとっているときに問題なのは、外に出たときだ。散歩に出ると、大抵外の猫好きの人間に撫でられる。場合によっては猫用の餌を出されることもある。流石にそれは丁重にお断りしたい。猫の姿ですが人間です。そう訴えたいのだが、人前で猫が話すのもおかしい。よって、ふらりとどこかへ姿を消すことにしている。


「……アウトじゃな」


 夏希の膝の上で寛いでいると、雅が執務室にやって来た。事情を知る彼女からすれば、仕事中に堂々といちゃついているようにしか見えていない。


「けど今は猫だぜ?」

「中身は変わらんじゃろ」

「猫のときは可愛いだろ」

「確かに普段の姿に可愛げはないが」


 零は抗議するようににゃあにゃあ鳴いたが、雅は気にした様子はない。彼女は猫派ではないので。


「これで新人の観察もしてくれてんだからいいだろ」

「ただ猫の姿を楽しんでおったら全治1年の怪我を負わせてやるわ」

「おっかねぇ」


 言いながら、また夏希は零を撫でる。雅は書類を出すと、すぐに去っていった。ああは言ったが、なかなか2人きりになれない夫婦の時間を邪魔するほど野暮ではないのだ。


「ま、あれだな……」


 なおも零を撫でながら、夏希は言った。


「別に、猫のときじゃなくても甘えていいぜ?」


 聡明な妻には、零の心などお見通しだったらしい。降参だ、と零は一声鳴いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ