表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、発表会に参加する
138/141

同日、夏と秋

 夏希が「白の十一天」を蹴散らしているころ、零は研究所を目指して走っていた。瞬間移動の術を使ってもいいが、そうすると敵が残る。入口近くで戦っている夏希たちのことを思うと、放置はできなかった。


 幸いなことに、零には溢れるほどの魔力があった。一花のもとに着くまでに魔力切れを起こすことはない。ただ、


(数が多すぎる……っ!)


 このままでは一花に逃げられてしまうかもしれない。零は焦り始めていた。そんなとき、背後から金属音がして、淡いピンク色の魔力が光った。


「零!」

「秋楽!?」


 零の方へ走って来た秋楽は、広範囲への攻撃魔法を使いながら剣を振るっていた。剣術の心得があるわけではないので、ただ振り回しているだけだが、威力は十分だった。


「こっちは俺に任せろ! お前のお目当ては所長室じゃなくて最上階、この戦いを見てるらしい! 相手の心を読んだから確かだ!」

「とは言っても、この数は……」

「いいから! 行け! 妹と話すことはお前にしかできないことだろう!」

「ですが! このまま僕が行ったら、貴方は確実に死ぬ!」


 何度も敵と遭遇し、戦ってきたのだろう。秋楽は既にボロボロだった。あちこちに傷を作り、血が流れている。


「わかってる、そんなことは! その覚悟で来た!」

「どうして……」

「理由を聞くなんて野暮だな」


 全ては、夏希のため。同じ女性を愛した男同士、わかっているはずだ。


「一生アイツの隣にいることは譲ろう。だから、命を懸けてアイツを守る役目は、俺に譲ってくれ」

「……ありがとう、ございます」


 零は走り出した。決して、後ろを振り向かずに。


 秋楽は剣を構えた。決して、後ろを振り向かずに。


「……愛してる、夏希」


 名前を呼ぶのは、何年ぶりだろう。彼女が結婚したときから呼んでいないということは、もう5年ほど経ったということか。名前は呼べなかった。呼べば想いが溢れてしまうような気がしたから。


「平和になった世界で、また会えたら……そのときはまた、お前の友人としていさせてくれ」


 今世だけでなくて、来世も、その来世も。きっと夏希は零を愛するだろうから。自分はただの友人でいい。それでいいから、傍にいさせてくれ。それだけで、秋楽は命だって懸けられるのだ。


 研究所を背にして、秋楽は敵を次々に倒していく。体中が痛んだ。視界がかすみ始めた。それでも、手は、動きは止めない。敵が1人もいなくなるまで、秋楽は止まらなかった。


 そうして、敵が見えなくなったころ。秋楽はどさりと地面に倒れ込んだ。


「秋楽!」


 薄れていく視界に、夏希が映ったような気がした。












 昔から、人に馬鹿にされてきた。成績はよくなかったし、運動も得意なわけではなかった。だが、それ以上に馬鹿にされていたのは、「人の心が読める」と言ってしまったからだ。そんなのありえない、と小学校の同級生は秋楽を馬鹿にした。家族も、子どもの言うことだと信じてくれなかった。


 唯一、秋楽の話を聞いてくれたのが夏希だった。いつも教室の隅で本を読んでいる、静かな子。夏と秋、名前に季節が入っているのがお揃いだな、と秋楽が声をかけたのが始まりだった。夏希は面倒くさそうに相槌を打つだけのことが多かったが、時間が経つにつれて話すことも増えてきた。


「そういうコトもあんじゃねぇの」


 人の心が読める。秋楽が打ち明けると、夏希はおかしいと否定せずにそう言った。


「みんなおかしいって言うぞ」

「でもできるんだろ」

「うん……」

「よかったじゃねぇか。お前、その力使えば世界一気の利く男になれんぞ。相手が何して欲しいかわかんだから」


 その一言で救われた。

 おかしい、ありえないではなく。気の利く人になれると、そう夏希は言ってくれたのだ。それから、秋楽は不思議な力のことは言わず、相手のして欲しいことだけを読み取って行動した。たちまち、秋楽は皆の人気者となった。


「夏希のおかげだ!」

「お前が頑張ったからだろ」

「どうやって使ったらいいか教えてくれたのは夏希だからな」

「そ」


 夏希はいつだってクールだった。けれど、たまに見せる笑顔が可愛らしかった。秋楽を否定せずに話を聞いてくれて、同い年とは思えないほど頭がよくて。なのに、決して秋楽を馬鹿にしない。知れば知るほど、秋楽は夏希に惹かれていった。


 けれど、心を読める秋楽にはわかっていた。夏希は、秋楽に対して恋愛感情を抱いていないということを。


 そして、結婚したという相手のことを、心の底から愛しているということも。結婚相手もまた、夏希のことを深く愛していることも、全て読めてしまっていた。


(わかってた。俺とお前じゃ、釣り合わないってことなんて)


 だから、せめて。

 お前と、お前の愛する夫を守らせてくれ。


「……俺は、世界一気の利く男だからな……」

「何言ってんだよ! バカ!」

「お前に、馬鹿って言われるの、初めてだな……」


 入口にいた敵を全て倒したのか、夏希が秋楽の傍に来て座っていた。魔導衣のあちこちに血や泥がついているが、夏希自身に怪我はなさそうだ。秋楽は安心して、そのまま目を閉じた。


 その目が開かれることは、もうなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ