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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、発表会に参加する
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同日、美しき花の最期

 戦場に、紅い薔薇の花が散ったのかと思った。真っ赤なそれは、地面を汚していく。花弁が集まり、池のように形を作った。


「そんな、どうして……っ」


 天音は震える手を伸ばした。

 目の前には、腹部を撃たれた真子が倒れ込んでいる。


「真子っ、真子! 返事しろよぉ!」


 夏希が赤ん坊のように泣きじゃくっていた。その後ろで、涙を流しながら防御壁を作り直す虎太郎が見える。


 あの瞬間、真子は凄まじい勢いで走って来て、夏希を抱きかかえるように守った。咄嗟のことで魔法を使う余裕もなかった。銃弾は真子の腹部を貫き、紅い花を散らせた。攻撃の術が込められた銃弾は、彼女の内臓をいくつも傷つけていた。医療を専門としていなくてもわかる。もう彼女は、長くはない。


「なんであたしなんか庇ったんだよぉ……」


 涙が流れ、真子の体を濡らしていく。夏希は血がつくのも気にせず、彼女に縋りついた。何度も真子の名前を呼び、戻って来いと、生きてくれと叫んでいる。


「ふふ……おかしなことを、聞くね……母親が、娘を守るのに、何の理由が必要なんだい……?」


 掠れた声でそう言うと、真子は愛おしそうに夏希の頭を撫で――息絶えた。


「真子ぉ!」

「和泉さん!」


 美しき花は、最期まで美しく。笑みを浮かべたまま、真子は穏やかに目を閉じていた。まるで眠っているようで、それがかえって悲しかった。


 冷たくなっていく真子の体を、夏希は無言で抱きしめていた。俯いたままの顔は、天音からはよく見えない。まったく動かなくなってしまった夏希が心配になり、天音は思わず声をかけた。


「……副所長?」


 夏希はそれに応えず、真子を離れた場所に寝かした。彼女がこれ以上傷つけられないように防御魔法をかけて立ち上がる。


「……すぐ、片付けるからな。少しだけ、待っててくれ」


夏希はきつく拳を握りしめていた。涙ではなく、怒りで体が震えている。彼女は魔力を込めた拳を振るい、虎太郎の張った防御壁を壊した。そのまま、敵に向かって水晶を投げつける。爆発音と共に、「白の十一天」の悲鳴が聞こえた。


「天音。勝つぞ」


 先ほど大量の魔力を消費してしまった人物とは思えないほどの魔力が漂っていた。コントロールすることを忘れた夏希から溢れる魔力だ。戦場に、真っ白な光が充満していた。彼女の魔力らしい、零と同じ薔薇の花の香りがする。


 夏希は天音の返事を待たず、戦場に飛び出していった。












「おや?」


 真子は見知らぬ場所に来ていた。知らないはずなのに知っているような、不思議な場所だ。辺りには花が咲き乱れていて、9月のはずなのに春のような陽気だった。


「……もう来ちゃったんだ」

「え?」


 振り返ると、そこには真子の最愛の人がいた。結婚して3日目に、子どもを庇って車に撥ねられ、亡くなった夫。その人が、以前と変わらない姿で立っていた。日が差しているというのに、影がない。死後の世界なのだと、真子は悟った。


「久しぶり。君は変わらないね」

「まったく……誰のせいだと思ってるんだい」


 2人で一緒に、皺だらけになるまで生きよう。プロポーズのときそう言ったくせに、すぐに亡くなってしまったのはそっちだ。


「……あの日から、私の体は時を刻むことを忘れてしまったんだ」


 夫の葬式で、真子は「1人変わりたくない」と、「夫のいない世界で1人老いたくない」と願ってしまった。強い願いは真子の固有魔導となり、「不老」の力を手にした。その日から、真子の容姿は時を止めたまま、少しも変わっていない。


「僕のせいか」

「そうだよ」

「君は綺麗なままだ」

「そうだろう。努力したからね」


 老いないとわかっていても、真子は美しくなる努力をやめなかった。いつか、こうして夫に会う日に、1番美しい姿でありたかったから。


「本当は、あと100年くらいは会いたくなかったな」

「私に何年生きさせるつもりだい?」

「それくらい長生きしてほしかったんだよ」

「嫌だね。君がいないのに、そんなに生きる意味があるとでも?」

「あの小さな女の子といるとき、楽しそうだったじゃないか」


 夏希との日々は、確かに楽しかった。研究所でボロボロになっていた彼女を保護したことから始まり、世話役のようになった。なかなか心を開いてくれない彼女が初めて名前を呼んでくれた日のことを、今でも覚えている。好きな人ができた、と相談されたときは思わず手を叩いて祝ってしまったものだ。


「楽しかったよ。私の可愛い娘さ」

「じゃあ、僕の娘でもあるね」

「そうなるね」


 愛を知らなかった、小さな子。今では愛されることも、愛することも知って、立派に育った。もう、自分がいなくても、きっと大丈夫。


 けれど。


「せめてあの子が自由になるまではここにいたいな。向こうの世界は見えるのかい?」

「もちろん。僕だって、君を待ってたんだ」

「へえ。じゃあ、土産話はいらないかな」

「それとこれは別。時間はたっぷりあるんだ。君の言葉で教えてよ」


 2人は連れ立って歩き出した。手を繋ぎ、もう2度と離さないと誓いながら。


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