9月16日、発表最終日、直前
ついに最終日が来てしまった。第4研究所の発表も全て終わり、今は恭平の発表が始まろうとしている。
「それでは発表を始めます」
壇上の恭平は、いつもと変わらない様子で話し始めている。目が合ったので、「頑張ってください」と声は出さずに口だけ動かして伝えた。途端に恭平がマイクを落としかけたので、意外と緊張しているのかもしれないと思った。
「魔女狩りについては、今まで多くの研究がされてきました……」
マイクを握りなおした恭平は、聞き取りやすい声で話している。メモをとろうとしたそのとき、天音の肩を誰かが叩いた。
「天音、ちょっと」
背後にいたのは夏希と零だった。発表の邪魔にならないように屈んでいる。
「申し訳ありません、少しいいですか?」
発表に不備でもあったのか。天音は嫌な予感がする、と思いながらも頷いた。発表者が座る席からそっと抜け出す。
3人は会場から出て、人気のない廊下で立ち止まった。零が防音の術を使う。黒い魔力が漂った。
「昨日、真子から紙を渡されただろ」
「『明日、発表前』ですか?」
「そうそれ。今が言うべきタイミングだからな」
「裏切り者についてですか!?」
本当に発表の直前だ。天音は防音の術が使われていると言うのに声をひそめ、そっと囁いた。
「どなたなんですか……?」
「え」
夏希が驚いた声を出した。もうとっくに天音は気づいていると思っていたようだ。
「ヒントやったろ」
「いつですか!?」
「昨日」
さっぱりわからない。だが、彼女は詳しく説明する気はないようで、今後の動きだけを話し始めた。
「大方、ソイツはお前の発表の瞬間になんかしらの行動を起こす。だから、あたしたちはそのときを狙ってソイツをぶっ飛ばす。勿論、情報はしっかり聞き出したうえでな」
「そ、その人が確実に裏切り者なんですか? もし、その、副所長の推理が外れていたら……」
考えたくはないが、夏希の考えは外れていて、美織が本当に裏切っていたとしたら。天音の発表のときには何も起こらないか、美織本人が天音を害するかの2択だ。
「あたしだけの考えじゃねぇし」
「所長も同じ考えなんですか?」
「ええ、まあ。僕だけではありませんが」
2人だけではないとなると、真子だろうか。昨日のメッセージからして、発表前に夏希が呼び出すことをわかっていたようだから、彼女も作戦を知っている可能性は非常に高い。
「それで、私は何をすればいいんですか?」
わざわざ天音を呼び出したからには、やるべきことや手伝えることがあるはずだ。天音は恐る恐る質問した。
「なーんにも」
「はっ!?」
「ただ、計画を知っておいて欲しかったので」
「だったら休憩時間でもよくないですか!?」
恭平の発表を聞きたかった。今から戻ったとしても、もう後半部分が聞けるかどうかすら怪しい。
「休憩時間だと人が多いからな」
「うう……反論できない……」
「だろうな」
腰に手をあてて、夏希がニヤリと笑った。ここ数日見なかった、悪役じみた笑い方だ。その顔を見て安心してしまう日が来るなんて、想像もしていなかった。
「そんでまぁ、計画実行にあたってやるべきコトがあってな」
「それが私に関係することなんですか?」
「そ」
短く答えると、夏希は少し背伸びをして天音の耳元で囁いた。
「え、ええ!?」
囁かれた内容に、天音は思わず叫んでしまう。防音の術がかかっていてよかった。
「そ、そんなことしていいんですか!?」
「それしかいい方法ねぇんだよ」
「バレたら大変なことになるんじゃ……」
「襲撃されたらそんなことも言っていられないでしょう。大丈夫です」
「そんなぁ……」
半泣きになる天音に、夏希はいつになく真面目な顔をして言った。
「お前が今まで頑張ってきたのは、誰よりも知ってるつもりだ。本当によく頑張ったよ。お前が新人だなんて、きっと誰も思わない。それくらいのモンを、お前は作り上げたんだ。たった2ヶ月でな。他の新人じゃ無理だよ。本当に、いい発表だと思う」
「副所長……」
「そんなお前にこんなコトを言うのは間違ってるし、酷だとも思う。けど、あたしは、お前の頑張りが評価されるより、お前の身を守る方が大事なんだ。相手はお前に何をするかわからねぇ。そんな状況で、あたしは天音に囮になってくれなんて言いたくねぇんだ。許してくれとは言わねぇ。ただ、わかってくれねぇか」
頼む、と。夏希は深く頭を下げた。彼女と共に、零までもが頭を下げている。天音という部下に対して、研究所の所長と副所長が頭を下げているのだ。信じられないことだった。
「や、やめてください! お2人の気持ちはわかりました、だから頭を上げてください!」
「天音……」
「わかりました! やります!」
「……そうか」
「ありがとうございます。僕たちも、全力を尽くしますので」
穏やかな口調だが、零の目には強い光が宿っていた。
「……『白の十一天』は、確実に僕が捕らえます」
妹、一花に話を聞くために。虎太郎の話を聞いたあの日から、彼はずっとそう思っていたのだ。
「……行くぞ」
血が出そうなほど握りしめられている零の手を、夏希が優しく引いた。はっとした表情の零が、防音の術を解く。数秒後、再び黒の魔力が漂った。




