9月15日、発表4日目
「もしかして、副所長はもう誰がうら……占術魔導を使っていたか、わかっていたりしますか?」
4日目になった。第2研究所の発表は全て終わり、会場では第3研究所の発表が始まっている。
裏切り者、と言いかけたが、周囲を見渡して言い直す。周りの人に聞かれても問題ないように言葉を選んだ。これなら聞かれても大したことはないはずだ。
天音は休憩スペースの飲み物を取る。珈琲は避けて、何故かあったラムネにした。放置されていたせいで、炭酸が抜けている。保冷の術のみで、保管の術はかかっていなかった。炭酸飲料を用意するならかけておいて欲しかった。
「どーして?」
人が多いからか、防音の術を使うのが面倒なのか、夏希は可愛らしい声で質問を返した。彼女はミルクティーを飲んでいる。が、お気に召さなかったようで、1口飲んだ後眉を顰めて小さく舌を出した。
「いえ、そんな気がして」
彼女の頭脳ならば、すぐに裏切り者が誰か突き止めることができると期待していた自分がいたのだ。
「カン?」
「女の勘です」
「するどそー」
ミルクティーの入った紙コップを両手で持ちながら、夏希は適当に相槌を打っている。あまり話す気はないらしい。
「明日になったら話すよ」
「なんで今じゃないんですか」
つい、強い口調になってしまった。だが、夏希は何も気にしていないようで、けろりと答えた。
「そのタイミングじゃないから」
タイミング。何かを見計らっているということか。それはわかったが、はっきりしないと気になって発表に集中できない。天音はさらに質問した。
「明日のいつですか?」
「秘密。安心して。ちゃんと明日の、言うべき時になったら言うから」
あまりにも夏希が答えないので、天音は訝しげに見つめて言ってしまった。
「本当はわかってないんですか」
尋問のような口調だ。上司に言うべきではないことはわかっている。けれど、ここまで何も言われないと信頼されていないようで嫌だった。
「それは教えたげる。わかったよ。でも言えないなー」
にこにこ。天音の圧などものともせず、夏希は猫をかぶった可愛らしい表情で応じた。天音はじっとりとした視線を向ける。それには流石に参ったのか、気まずいらしく夏希は目をそらして手元の紙コップを覗き込んだ。
不味いと感じてはいるが、残しはしないようで、夏希は一気にミルクティーを飲みほした。カップを捨て、口直しにチョコレートを齧っている。もぐもぐと動く口元が小動物のようだった。
「第2研究所の発表、全部聞いたんでしょ? 天音はどう思ってるの? 聞かせて欲しいなー」
「その……5番目の方かな、と。占術魔導についてでしたし……」
懸命に考えた末の答えだったが、夏希の反応は薄かった。
「ふーん」
「ふーんって……正解かどうかくらい教えていただけませんか?」
「ダメー」
「なんで駄目なんですか」
「計画が狂うから」
本当に話す気がないらしい。夏希は新しい飲み物を注ぎ、天音に差し出した。結局、ただの水が1番マシと判断されたようだ。
「ほら、これでも飲んで。いい? 今の天音に必要なのはゆっくり休むこと。明日ちゃーんと話すよ。それで、いっぱい働いてもらうからねっ」
そう言うと、夏希は椅子からぴょんっと下りて、会場へ戻っていった。副所長である彼女は、全ての発表を聞かなければならない。
「苦戦しているね」
休憩スペースに残された天音に声をかけてきたのは真子だった。魔導考古学省は、研究発表会の警備や運営を担当している。彼女は休憩時間に入ったようで、天音の前に腰かけた。
「兄から聞いたよ。人を探しているんだってね」
オブラートに包んだ言い方だった。誰が聞いても問題ない、雑談を振るような自然さで話している。
「あ、はい……でも副所長はわかっているのに教えてくださらないんです」
「あの子は意外と秘密主義だからね。私も昔はどうやって話を聞き出そうか悩んだものさ」
真子の白魚のような手には、似つかわしくない紙コップが握られていた。入っていたのは水だ。「魔導考古学省の珈琲や紅茶は飲めたものじゃない」とぼやいている。
「味の不満はさておき。あの子が話さないのは、きちんとした理由があるよ。あの子がすることには、必ず意味がある」
「急に水を渡してきたのにもですか?」
「それはただ単に水分補給した方がいいからだとは思うけど」
「うーん……」
本当に、言わないことに意味があるのだろうか。ただはぐらかされているだけな気がしてならない。唸る天音の手を握って、真子は言った。
「どうか、あの子を信じてあげておくれ」
「……はい」
真子があまりにも真剣な顔をするものだから、天音は深々と頷いた。
「それじゃあ、私はもう行くよ。明日、頑張ってね」
そう言って彼女が去った後、天音はそっと握られた手を開いた。手の中には、小さな紙が折りたたまれた状態であった。
「『明日、発表前』……どういうこと?」
真子からのメッセージだろうが、どうして走り書きのメモなのかわからない。夏希といい、真子といい、2人の考えていることはさっぱり理解できないが、天音はひとまずその紙をこっそりと仕舞った。




