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【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌  作者: 九条美香
新人魔導師、研究発表会の準備をする
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8月19日、冷たい優しさ

 順番に夏季休暇をとっていった第5研究所に、ようやく副所長である夏希の休みが訪れた。彼女は緊急時以外一切仕事をしないと宣言し、休暇中はゆっくりと眠ることにしたようだ。そのため、研究所内のあらゆる事務仕事は零に回っていった。休んでいる夏希を見つめながらそれを楽しそうにこなしているものだから、やはり所長は普通ではないと天音は思ってしまった。


 8月に半ばに入り、さらに暑くなったが、研究所の中は快適だった。葵がこっそり改良したエアコンは魔導式で、その人にとってちょうどよい温度の風を当ててくれる。これで電気代も安く済むという優れものだが、魔力に反応して風を当てているらしく、魔導師以外にはただのエアコンでしかないというのが欠点だった。


 とは言え、暑い外とは比べ物にならないくらいによい環境で作業を進められている。葵には感謝しかなかった。


 天音は今日も透と書斎に籠り、原稿と衣装の作成を進めていた。用意した原稿に、透が目を通している。何度も書き直し、赤を入れた原稿は清書して他の人にも読めるように直しておいた。


「発表原稿も大分形になりましたね」

「ありがとうございます。増田さんのおかげです」

「天音さんが努力したからですよ」


 あれから原稿はほとんど完成し、残りは発表の練習をしながら改良していくだけとなった。30分の発表は、天音が想像している以上に大変だった。書いていく途中では気にしていなかった、言いやすさというものも重要になってくる。口調を崩さず、けれども言いやすい言葉に変えていく作業が必要だった。だが、内容もすっかり頭に入り、質問に答えられるように準備もし、着実に完成に近づいていた。


 このころになると、ようやく天音の心にも余裕が生まれてきた。透の衣装もほとんど完成し、後は天音と装飾品を作っていくだけだ。珍しいことに、天音は自ら休憩しようと言い出した。透は少し驚いたようだが、むしろよい傾向だと言って、先に食堂に行くように告げた。


 流石の和馬も研究に忙しいのか、食堂には誰もいなかった。天音は棚から茶葉を選んで、アイスティーを2人分淹れる。この研究所に配属されてから、紅茶を淹れるのが上手くなった。カラカラと氷の涼し気な音が響く。


「はい、どうぞ」


 遅れてやって来た透が持っていたのはアイスクリームだった。和馬の手作りではない、市販品だ。だが、あまり頻繁に買わないお値段のもの。


「布を買いに行ったときに一緒に買って、部屋で冷凍の術をかけておいたんです。他の人にバレる前に食べちゃってください」

「い、いいんですか?」

「頑張ったご褒美ですからね」


 目の前にあるのは、抹茶、苺、チョコレート、そしてバニラ。好きな味を選んでいいと言われたので、悩んだ末にバニラを手に取った。


「あれ、増田さんは?」

「僕はちょっと所長に呼び出されちゃいまして。もう行きますね。残りは名前を書いて冷凍庫にでも仕舞っておいてください。お茶、ありがとうございました」


 透はそう言うと、洗浄魔導をさっとかけてグラスを洗い、片付けた。


 1人で食べているのはなんだか申し訳なく感じてしまう。だが、折角透がくれたのだから美味しくいただかなくては。アイスを掬っていると、葵がバタバタと足音を立てて食堂に駆け込んできた。


「あー、喉乾いたッス……」


 どうやら集中しすぎて水分補給を忘れていたようだ。天音は急いで作り置きされている麦茶を注いで手渡した。


「あざッス、助かりました……ん? 珍しいッスね、休憩ッスか?」


 アイスを食べている天音を見て、葵は目を瞬かせた。そこまで珍しいのか。天音は過去の自分を思い返してみた。確かに珍しいかもしれない。否定できなかった。


「お、アイス! 買いに行ったんスか?」

「いえ、その……いただきものでして」


 バレる前に食べちゃってください、と言われたものの、休暇以降まったく外に出ていない天音が市販品を手にしていては不自然だろう。誤魔化すことをやめて、素直にそう言った。透から、とは言っていないのでセーフのはず。


「そーいや、カラシが買い出しのときにアイス買ってたッスね」

「北山さんも一緒だったんですね」

「技術班の買い出しだったんで。やっぱ実際に手に取って見てみないと道具も材料も良し悪しがわかりにくいッスから」


 2人は発表会用に色々と買い足していたのだという。図らずともデートのようになったそれに、透は密かに喜んだに違いない。


「にしても、あまねんアイツに好かれてるッスね」

「え?」

「アイツがわざわざご褒美あげるなんて相当ッスよ。少なくとも自分はもらったコトないッス。それも甘いモンなんて」


 アイツ、甘いモン苦手なんスよ。

 葵は小声でそう言った。自分が言ったということは内緒にしてくれ、と囁いて、グラス片手にラボに戻っていく。


「増田さん……」


 彼は最初から天音に食べさせるつもりでこれを買ったのか。しかも、味が選べるように何種類も。自分は食べないと言うのに。


「……美味しい」


 再び掬って食べたアイスクリームは、先ほどよりも美味しく感じた。


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