8月2日、外出
ついに恭平と出掛ける日がやって来た。これまでの休日、仕事をしようとしては止められる、というのを繰り返していた天音だが、今日は違った。
まず、朝。どこから聞きつけてきたのか(恐らく透から葵に伝わり、そこから広がったと思われる)由紀奈がやって来て、服を吟味し、天音の顔に化粧まで施した。食堂では生温かい視線をあちこちから向けられ、何だか気まずい思いをした。
由紀奈が選んだのは、青い膝丈のワンピースだった。天音の数少ない私服の中で唯一といっていい、真面な服である。残りはほとんどデート向きではないと判断され、天音はデートでないと否定する間もなく着替えさせられたのだ。
「いってらっしゃい! 後で話聞かせてね!」
何故だか楽しそうな由紀奈に見送られ、天音は食堂を出た。「家」の外には、もう恭平が立っていて、天音に気付くとぎこちなく手を振った。
「すみません、お待たせしました」
「あ、いえ……オレも、今来たトコなんで」
恭平は以前にも見たことがあるようなパーカー姿だった。何だか天音だけ変に意識したような服装で、恥ずかしくなって裾を握りしめた。
「あ、ええと。行きましょうか」
「はい、あの……どこに?」
出掛けるとは聞いたが、どこに行くとは教えてもらっていなかった。当日教える、と恭平に言われたので天音は何も準備をしていない。
「あー……その。天音サンが行ったコトないようなトコがいいかな、とは思ったんですけど……」
「はい」
「でもオレが案内できるトコもそんなになくて。だからすみません、正直ノープランです」
「うーん……恭平さんは、普段どういうところに行かれるんですか?」
「え、っと……」
なんだか恭平の反応がいつもより遅い。視線も合わないような気がする。気のせいだろうか。
「出掛けるとしたら、カラオケかゲーセンですかね」
「どっちも行ったことないです」
「え、そうなんですか? あ、禁止されてたとか?」
「いえ。単純に、行く機会がなくて」
行くような相手もいなかった。休みの日は大抵部屋で1人、読書をするか勉強をするかの2択だった。行きたいと思ったことも特になかったのだ。
けれど、今は恭平がいる。彼となら行ってみたいと、そう思えた。何故だかは天音にもよくわからない。だが、そう思ったのだ。
「じゃあ、その2つに行ってみたいです」
「いいんですか? 天音サンのしたいコトとかは……」
「いえ、休日の過ごし方については本当に初心者なので。ここは恭平さんにお任せします」
「初心者って。休日過ごしたことないみたいになってますよ」
ようやく恭平の顔に笑みが浮かんだ。先程までの緊張したような様子はなんだったのだろうか?
「じゃ、まずは駅に向かいますかね」
恭平は門を開け、天音をエスコートするように手を差し出した。
電車で十数分。その中の商業施設に、恭平がよく行くというゲームセンターはあった。大きな音に天音は驚いたものの、初めて来た場所に心躍らせた。放課後、クラスメイトたちが寄っていたのはこういったところだったのか。見たことのないものばかりで、ついきょろきょろと辺りを見回してしまう。
「わ……」
天音の視界に入ったのは、サメのぬいぐるみだった。クレーンゲームの景品で、なかなかの大きさだ。
「サメですか。好きなんですか?」
「はい、好きです!」
「……あ、そ、そうですか。えっと、取りましょうか?」
「できるんですか!?」
「ま、まあ……」
恭平は何故か顔を赤くして頷いた。財布から出した小銭を入れて、ものの数回で天音が抱きかかえられるサイズのぬいぐるみを取ることに成功する。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます! お代払います」
「いいですよ別に」
「でも……」
「じゃ、プレゼントってコトで。オレはお祝いしてもらいましたけど、天音サンにはしてないんで」
「私、おめでとうとしか言えてないのに……」
「来年期待してますね」
そう言われてしまっては断れない。天音はもう一度感謝の言葉を伝えて、サメのぬいぐるみを抱きしめた。
「んっ……」
「はい?」
「あ、ええと、大きい景品用の袋、貰えますよ」
「そうなんですね、貰ってきます」
天音がそうしてその場を離れたタイミングで、恭平はずるずるとしゃがみこんだ。
「……可愛い」
和馬に言われたあの日から、恭平は天音のことを意識していた。もうとにかく可愛く見える。私服姿も、本当は「似合ってます」や「可愛いですね」などと言うつもりだったのだが、いざ彼女を前にすると言えなかった。
「天音サンが好きなのはサメであって、オレじゃない……」
わかっていても、「好きです!」の言葉に動揺してしまった。
「あー……この先大丈夫かな、オレ……」
まだカラオケが残っているというのに、不安な要素ばかりだ。
「カッコよく、スマートに……」
普段どおりにしていれば、そうそうヘマはしないはずだ。だが、思っていた以上に自分が天音のことを好きすぎて、何をしでかすかわからない。下手すれば遺跡の発掘調査よりも緊張する目の前の難題に、恭平は頭を抱えていた。




