同日、夏季休暇申請
「ようやく休み取る気になったのか。いいぞ」
という軽い一言と共に、天音の夏季休暇申請の書類に判が押された。恭平の分も同様に、日付だけ確認するとポンと押されている。
「休みの間は仕事すんなよ。いいな、フリじゃねぇぞ」
「わ、わかってます!」
「県外に出るときは申請してくれ。それ以外は気にしなくていい。食事だけいつもみたいにマグネット貼っとけ」
「はい」
「んじゃ、この週な。楽しんで来いよ」
夏希は書類の判を乾かしてから、机の引き出しに仕舞った。
あれから、天音は恭平と話し合って、休暇の日程を決めた。天音は再来週の月曜日から金曜日まで、加えて土日という、まるまる1週間の休みが貰えた。直前の申請であったにもかかわらず、他に希望者はいなかったためか、すぐに許可が下りた。ワーカホリック気味の天音を少しでも早く休ませたいという夏希たちの気持ちの表れかもしれない。
恭平は天音の休みの最終日、金曜から土日を挟んで次の週の木曜日までの申請を出したようだ。休暇がかぶる金曜日、少し遠出して遊ぼうと言う話になった。
「じゃあ、詳しい話は休みが近づいたらにしましょうか」
「あっ、は、はい」
副所長室を出ると、天音は書斎へ戻る。だが、そこにはもう、透はいなくなっていた。作っていた衣装すら残っていない。
「どこ行ったんだろう……」
話を聞いてくれたお礼が言いたいのに。
天音は1人、首を傾げた。
その頃、恭平は私室に戻ろうとしていたのだが、隣の部屋から伸びてきた手によって引きずり込まれた。そのまま床に押さえつけられる。
「うわ、何?」
手の主は透だった。彼の部屋には、零と和馬も揃っている。体格のいい男たち(悔しいことに恭平以外180センチ超え)のせいで、部屋が随分と狭く感じられた。
「随分浮かれてるけれど、デートが楽しみってわけ?」
「カラシか……別に、浮かれてないけど」
「いつもなら魔導探知で気づくだろ」
「いつも気ぃ張ってるワケじゃないから」
気だるげに返す恭平は、確かに普段どおりに見える。だが、付き合いの長い者にしかわからないくらいわずかに口角が上がっていた。
「ってか、デートって?」
「天音さんと出掛けるって聞いたぞ」
「そうだけど……どっからその話聞いたんだよ?」
「それは秘密」
恭平が逃げないように、透はしっかりと彼の腕を掴んでいた。その背後で、零が楽し気に笑みを浮かべている。
「透は自分が葵をデートに誘えなかったことを悔やんでるんですよ。それで、意中の彼女を誘えた貴方を妬んでるんです」
「はああああ!? 何の話ですかああああ!?」
「うわ、すごい声」
耳元で叫ばれたからか、恭平は身を捩って逃げようとした。だが、上手くいかないようで、ジタバタと藻掻いている。
「え、デートじゃないの? 2人きりで、しかも休みを合わせてまで出掛けるのに?」
和馬が不思議そうに聞いた。変に揶揄うわけでもなく、本当に不思議に思っている、そんな表情だ。
「意中の彼女って……天音サンは別に、そういうんじゃないけど。デートっていうか、あの人、ほっといたら休みの日も仕事してるから、息抜きになればいいかなって思って」
「うーん……それ、相手が他の人でもそう言う?」
「え?」
思わず目を瞬かせる。和馬の質問の意味を、脳内でゆっくりと考えた。
もし、相手が双子だったら。普通に遊びに行くかもしれない。けれど、休みがあったら、程度でわざわざ休みを合わせようと思わない。葵だったどうか。そもそも誘おうと思わない。後で透に何を言われるかわからないからだ。雅も誘わない。彼女は話が合わなすぎる。同様に由紀奈も誘わない。夏希は人妻なので論外。
「ってか、他の人は休みの日に仕事しようとしたりしないでしょ」
「それは置いといて。休みの日に一緒にいたいかって話」
「ええ……いろって言われたら、ここの人なら誰とでも平気だけど」
「いたいか、だよ」
「んー」
よく考えてみる。休みの日、誰といたい?
正直、今までそんなこと考えたことがなかった。中学まで学校と研究所の往復しかしていない恭平は、当然ながら彼女などできたことがない。恋愛経験もなく、そもそも人とコミュニケーションをとる機会が普通よりかなり少なかった。
そんな自分が、なんであんなことを言ったのだろうか。
(あのとき……天音サンを見てたら思わず言っちゃったんだよな……)
「俺もそう断言できるほどの経験はないけどさ。それって、天音ちゃんのことが好きってことなんじゃないかな」
和馬の言葉が脳内に到達するまでに、数秒がかかった。
(…………好き?)
「はああああああああ!?」
理解した瞬間、先ほどの透よりも大きな声で叫んだ。その場にいる全員が耳を塞ぐほどの大声だった。
「は、え!? す、好き……? オレが!? 天音サンを!?」
「うわー、すっごい思春期っぽい」
「ほら、一応年齢的には男子高校生だから……」
「若いですねえ」
真っ赤な顔をしてなおも叫び続けている恭平を、3人は保護者のような顔で見守っていた。デート(仮)まで、あと数日である。




