同日、ラボに向かう時
地下1階のラボからは、爆発音と葵の高笑いが聞こえてきた。合間に透のなだめる声が聞こえる。初めてここに来た日は驚いていたそれを、まったく気にしなくなっていて、自分のことながら少し引いてしまう。
「すみません、入ってもいいですか!?」
叫び声は爆発音に消されてしまう。仕方がないので、軽い防御の魔導を発動させて扉を勢いよく開いた。
「突然すみません! 増田さんにお願いがありまして!」
機械音と爆発音、葵の笑い声に負けないようにすると、どうしても大声になる。騒がしい室内でも流石に聞こえたのか、葵の手が止まった。
「あれ、あまねん。どーしたんスか?」
「増田さんにお願いがありまして」
内容までは聞き取れていなかったようなので繰り返す。透は葵の方を心配そうに見ながらも、「いいですよ」と言ってくれた。
「ここでは騒がしいので、別の場所に行きましょうか。食堂でいいですか?」
「あ、食堂だとまだ所長と副所長が使ってるかもしれません」
「なら書斎にしましょうか」
「はい」
美織のことはできればバレないようにしたい。あの2人のことだから、魔力の痕跡なども隠しているだろうが、間に合わずに鉢合わせることのないよう、別の場所にしてもらう。
「お願いというのは、研究発表会のことであってます?」
「そ、そうです」
書斎に着くと、透は椅子を用意してくれた。それに腰かけ、天音は思いついたことを話し始める。
「発表は、私の研究テーマの『旧ファンタジージャンルにおける魔法及び魔法使いについて』から、魔法使いの衣服についてやってみたいと思ったんです」
自身の魔導衣を見たとき、天音はひらめいたのだ。所謂ファンタジーの世界では、魔法使いはこの魔導衣のようなローブを纏っていることが多い。だが、実際の魔法使いは、その時代に合った服装をしていた。その服に魔力を込めたり、普通の服の下に水晶を使った装飾品を身に着けたりしていたのだ。人々のイメージと実際の衣装はかなり異なっている。
「なるほど。確かに、僕としても興味のあるテーマです」
「はい。それで……」
「僕に発表原稿の準備を手伝って欲しい、と?」
話はわかった、と透はにっこりと笑った。だが、天音の考えていたことは違う。
「いいえ。増田さんには、共同研究者として一緒に発表して欲しいんです!」
「そうきましたか……」
「はい。増田さんに衣装を用意していただいて、私が発表原稿を作ります」
「内容によってはいくつも衣装が必要になると思います。術を使っても間に合わないかもしれません」
「人が着れるサイズでなくても構いません。あくまで発表ですから」
「それは……言われてみればそうですね」
考えてもいなかった。透は1人そうこぼした。プロとして衣装作成にあたる彼には、人が着ることのできないサイズのものを作るという発想がなかった。
「ただ、私は衣装について詳しいわけではありません。そこはなんとか自分で勉強します。だから、どこの時代に焦点をあてるのかを話し合った後は、増田さんには衣装作成をお願いしたいんです」
「いえ」
透は首を振った。断られてしまったか、あまりにも自分勝手だっただろうかと内心反省していると、とある提案をされた。
「衣装についても僕が教えます。大丈夫、実践で使う魔導衣でないのなら、作成にはそう時間はかかりません。人のサイズでもないですし」
「え……い、いいんですか?」
「ええ。折角天音さんが頼ってくれたんですから。張り切りますよ」
「頼ってくれた……?」
面倒事を押しつけてしまったようなものなのに、「くれた」とはどういうことだろう。
「頼るということは、それだけ信頼されてるという証ですから」
「あ……」
そういうことか。
何故透が嬉しそうなのか、ようやくわかった。
「天音さんなら、きっといい発表ができますよ」
これも信頼の形の1つか。先程の夏希の言葉を思い出す。
〈大丈夫だろ、お前なら〉
夏希は適当に言ったわけでも、天音の機嫌を取るためにいったわけでもない。本当に天音を信じているのだろう。
なぜなら、今の透と夏希は、同じ目をしているからだ。
「ありがとうございます!」
「こちらこそありがとうございます。おかげで発表者として出席できます」
実はできるなら発表したかったという透の優しさに感謝した。天音が気を遣わないように言ってくれたに違いない。
「ちょうどいいことに書斎にいますから、何冊か本を渡しますね。今日はそれを読んでおいてください。明日以降、一緒に範囲を決めたりしていきましょう。知識がないと、選べるものも選べませんし」
「はい! ありがとうございます!」
透は棚から裁縫の本や衣装のデザインについての本を抜いて手渡した。専門書ではないので1冊1冊はそう分厚くなく、これなら今日中に読み終わりそうだ。
「明日は今まで僕が書いた論文も持ってきます。参考になるといいんですけど……」
「何から何まで……本当にありがとうございます」
「上手くいけば僕も最優秀賞受賞ってことになるので。予算増やせるように頑張りましょう」
「はい!」
天音は大きく頷くと、一礼して地下へ戻っていった。自室で勉強するつもりのようだ。
「変わったな、本当に……」
教え子の成長を喜ぶ師のような顔をして、透はふっと笑った。




