同日、真実を知る時
「どうしても話したいことがある。人払いをお願いしたい」
応接室に通された虎太郎は、座りもせずにそう言った。何やら急いでいるらしい。夏希は他の研究員に外に出るように伝えた。天音もそれに従うが、虎太郎に止められる。
「君は残っていて欲しい」
「え……? は、はい」
そうしてその場に残されたのは、零と夏希、そして天音だった。虎太郎は防音の術をかけ、外に音が漏れないようにすると、ようやく一息ついた。
「今日が発掘調査だって知ってるよな? 天音は疲れてんだよ、さっさとしてくれ」
「わかっている。けれど、どうしても今日伝えなくてはいけないんだ」
零が茶を用意するが、虎太郎はそれに気づいていないようだった。焦ったような素振りで、何度も視線を言ったり来たりさせている。
「まずは……そうだな、謝罪を。本当に申し訳ない」
「なんの謝罪だ?」
話が見えないせいか、夏希の機嫌が悪い。テーブルを指でとんとんと叩いている。早くしろ、そう言っているようだ。
「……『白の十一天』の構成員を、捕まえた。かなり高位の人物だったらしい」
「え、凄いことじゃないですか!」
天音は驚き、頭を下げたままの虎太郎を見る。けれど、彼の表情は晴れなかった。
「なーるほど。お前の部下だった、と」
「……そうだ。そのせいで、情報が漏れていた」
「まさか話はそれだけではないでしょうね?」
夏希は虎太郎の表情から察したようで、驚きもせずにそう言った。零も想定内だったようで、話の続きを促している。ついていけていないのは天音だけだった。
「部下の話が正しければ……いや、あれは正しいだろうな……第1研究所の所長なども『白の十一天』に加担している」
「だろうな。で?」
「ここからは……君たちにとって辛い話になる」
虎太郎は顔を上げ、苦しそうに話している。君たち、の中には天音も含まれているのだろう。気遣わしげにこちらを見てくる彼を、天音はまっすぐに見つめ返した。
「私は大丈夫です」
どんなに辛く、苦しいことであっても、受け入れなければ進まない。それは、天音が第5研究所で学んだことだ。零と夏希も頷く。虎太郎は、ゆっくりと口を開いた。
「まず、わかったことは大きく分けて3つだ。『白の十一天』のトップについて、襲撃の理由、そして……裏切り者について」
「順番に話してくれ」
「……わかった」
『白の十一天』のトップについて、わかったとは言えど名前だけらしい。その容姿や詳しいことは部下は話さなかったようだ。
「だが、すでにわかっているようなものだ」
「名前だけで、ですか?」
「……ああ。彼女の名は、西沢一花。11年前、死亡したと思われていた、零の双子の妹だよ」
「あり得ません!」
零が大声で否定した。何度も首を振り、あり得ないと繰り返している。
「妹は……一花は死んだんです!」
「……確か、君は葬儀に参列できなかったそうだね?」
「それは……そう、ですけど! でも、あの子が生きていたなんて、しかも『白の十一天』だなんて、あり得ません!」
研究所に閉じ込められていた零は、外部で行われた妹や母の葬儀にすら参列できなかった。だが、だからと言って、そんなことがあり得るのだろうか。天音も不思議だった。
「部下曰く、彼女は精神を病んで死んだふりをし、魔導考古学省上層部と取引をして『白の十一天』を作り上げたらしい」
「取引?」
冷静さを失っている夫の代わりに、夏希が質問した。彼女はまだ落ち着いていた。
「……清水零を殺す代わりに、反魔導主義団体を作らせてくれ、と」
「そんな……」
思わず天音の口から言葉がこぼれ落ちた。どうして、実の兄を殺そうだなんて思うのだろうか。
「彼女は父の死を……君のせいだと、そう思っているらしい。そして、その原因となった魔導も憎んでいる」
「……理解はできた」
座り込んで首を振り続ける夫の頭を、夏希は優しく撫でていた。
「零が死ねば、君も死ぬ。魔導考古学省はそれを狙っているのだろうね。自分たちに従わない、強力すぎる魔導師は恐怖でしかないから」
「ちょっと待ってください。所長が死ねば、副所長も死ぬってどういうことですか……?」
確かに2人は愛し合っているとわかるが、夏希は後を追うようなタイプには見えない。さっぱり訳がわからなかった。
すると、夏希は常に身に着けている黒手袋を外し始めた。そう言えば、彼女の小さな手はいつだってその革手袋で覆われていて、直接みたことはなかった。
「見ろ」
白く滑らかな肌に、不釣り合いなほどの量のタトゥーが入っている。よく見ると、それは魔導文字であることがわかった。ただ、天音にはわからぬほどの難しい、複雑な術だ。
「第1研究所のヤツらが研究に研究を重ねた結果生まれた呪い。刻まれた2人の人間は、片方が死ぬともう片方も死ぬようになってる。あたしと零は、結婚の条件としてこれを彫られた。雅の医療魔導でも治せねぇ。かけた本人しか解くことのできねぇ呪いだ。腕を切り落として逃れようとしても、その時点で『死んだ』とみなされて両方が死ぬ。永遠に解けねぇ厄介な呪いだ」
まるで他人事のように。どこまでも冷静で、淡々と。明日の天気を話すかのように軽く、夏希はそう言った。




