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Strain:Cavity  作者: Ak!La
Chapter2 The [C]apricious
6/15

Act6:どんな方法で世界を知ろうと、明と暗の両面があるという事実は変わらない

 翌朝。ソファに座って銃の手入れをしていたルチアーノは、宣言通り帰って来たリアンを見て隻眼を細める。

「……なんだ。帰って来たのかよ。逃げたと思ったのに」

「逃げないよ。逃げたって行くところがないんだから。……俺はこの町でしか生きられないし」

 リアンはルチアーノのすぐ左隣に座った。ルチアーノは顔を顰めて距離を空ける。

「……寄るな。くさいんだよ」

「臭い? 良い匂いだろ」

 リアンからは甘ったるい匂いがする。胸焼けがして、顔を背ける。

「鼻腐ってるんじゃないか」

「それ、本物? 見せて」

「触るな。遊びで触るもんじゃねェ」

 テーブルの上には分解した銃が広がっている。触られてパーツを失くしたら大変だ。それに、アルヴァーロに貰った大切な相棒だ。無闇に他人に触られたくない。

「………お前、人殺すの?」

 ふと、リアンにそんなことを訊かれる。ルチアーノは鼻で笑う。

「当たり前だろ。殺し屋なんだから」

「人を殺すって、どんな感じ?」

「どんなって……」

 リアンは膝に頬杖をついている。顔を向けると、甘い匂いが鼻につく。青い瞳は無垢だった。この町から見える海のような色だと、そう思った。

 ルチアーノは無言で銃を組み直す。

「……魚を……」

「魚?」

「丸焼きで食う時に」

 カチャ、カチャ。銃が形を取り戻して行く。

「腹を裂いて内臓を掻き出して……口から、串を刺すだろ」

 カチャ。元の状態に戻った銃を、ルチアーノは両手で持つ。

「それから、尾で貫通させる。その時ぐっと……力を入れる。肉と骨を断つ感触がする」

「………」

「それと同じだよ」

「……俺、魚はよく食うけど自分で調理はしねェんだ」

「あ、そ」

「というか、川魚だろそれ」

 ぺ、と手を振るリアン。海の魚はほとんどそういう食べ方はしない。チッ、とルチアーノは舌打ちをする。────訊かれて、真面目に答えてやろうと思ったことに腹が立つ。アルヴァーロが言っていた彼の能力ってそういうことか、とルチアーノは思う。

 ホルスターに銃をしまう。隻眼をリアンに向ける。……腹の立つ顔だなと思う。いかにも女ウケしそうな顔だ。

「………ねぇ、何で眼帯なの?」

「────それは答えない。何でも訊けると思うなよ。訊かれてイヤなことだってあるんだよ」

「そう。ごめん」

 リアンはそう言いながら、じっとこちらを見つめている。

「……何」

「………仲良くなるにはどうしたらいいか考えてる……」

「はぁ? 無理だよ。だって俺はお前が嫌いなんだから」

「今はそうでも、変わるかもしれないじゃん。な。俺のことも聞いてくれよ」

 身を乗り出して来るリアンに、ルチアーノはため息を吐いた。

「お前さ。誰にでもそうなの?」

「何が?」

「馴れ馴れしいんだよ。……そうやって取り入って来たのか。好きでもない女とセックスしたり……」

「好きだよ。女のコは好きだ」

「養ってくれるからだろ。お前の下賤な欲求を満足させるからだ。そんなの、好きだなんて言わない」

「────」

 リアンは、ルチアーノの言葉に強い嫌悪感を感じた。直接的に、自分に向けられた嫌悪以外に、別のものを感じる。実感が伴ったようなその言葉の理由を考えて、リアンはそれを口にする。

「……お前、何か嫌な思い出でもあるわけ。無理矢理やられた…とか」

 ────隻眼の青年の手が、ピクリと動いた。隻眼がギロリとリアンを向く。激しい怒りが籠っているのを、リアンは見た。あ、殺される。直感的にそう感じた。

「…………実の兄に────欲求を満たす道具として、使われた」

 低い声がリアンの耳を這う。ルチアーノは、笑う。

「兄が憎くて、怖かった。だから、殺した。殺したよ。俺の意志で殺してやった。────スカッとした。人を殺すって、そういうことだよ。少し力を、勇気を出すだけで、解放される」

 リアンは人殺しの目を知る。彼は今にも、その手をリアンの首に伸ばして来そうだった。銃を抜いて、突きつけて来るかもしれないと思った。

「────お前みたいなのを見てると、虫唾が走るんだよ」

 ルチアーノはそう言って、目を伏せる。リアンは何て言ったら良いのか分からなくなって、俯いた。

「……ごめん」

「謝るな。ヘラヘラ笑ってろ」

 分厚い壁。この町の男たちは皆陽気だった。だから、こういうタイプの人間に、どうやって近付いていいのか分からない。

「……親は? 親も殺したの?」

「あぁ」

「そう。そっ…か……」

「……お前も、親はいないって言ってたな」

 ルチアーノはリアンの方を見ないままそう言った。リアンは俯いたまま、笑う。

「分からないんだ。物心ついた時にはたくさんの女の人に囲まれてて……全員が母親みたいに、可愛がってくれた。でも、自分が母親だって名乗る人はいなかった。………だから、分からない」

「父親は?」

「お前が嫌いな、娯楽で女を抱く人だよ、俺と同じ────。多分、俺が生まれたことも知らないで、どこかで暮らしてるんじゃない」

 この町の人間か、それとも外から来た観光客なのか。それすらも分からない。知りたいとも思わない。

「ま、良いんだけどさ。俺を愛してくれる人はいっぱいいるし。飯も食えるし不便なことはない。……ただ……」

「………」

「ただ、あの人が、『ここがお前の帰ってくる場所だ』って言ってくれた時……ちょっと、嬉しかった」

 部屋を見渡す。この家自体は、仮住まいにしか過ぎないのだろうが。アルヴァーロという人の元に帰って来ること。それが何だか嬉しくて、リアンは今日、ここに戻って来た。

「………そう言えば、あの人は?」

「出掛けてるよ。買い出しに」

「ふうん。……お前は何であの人といるの?」

「アルヴァーロさんの助手、一番弟子だから」

「どうしてそうなったのかってことだよ」

 ルチアーノはため息を吐く。面倒臭い、と思いながらも考える。

「────たまたまだよ。たまたまあの人が来て、俺に手を貸して、助け出してくれただけだ」

「……お前の家族を殺したのって、もしかしてあの人?」

「…………俺が頼んだ。だから殺したのは俺だよ」

「────」

 リアンは黙る。黙って、こちらを向かない青年の隻眼を見ていた。

 その時、不意に玄関の扉が開く。両手に紙袋を持って現れたアルヴァーロは、二人を見て「おっ」と目を丸くする。

「あら。喧嘩してない。おかえり、リアン。ただいま、ルチアーノ」

 にこ、と彼は笑う。リアンを素通りしてアルヴァーロに「お帰りなさい」と荷物を受け取りに行くルチアーノ。彼に荷物を渡して、アルヴァーロはリアンの方へ来る。

「いつ帰って来たの?」

「ちょっと前っす……」

「そう。良い香水だね。君の?」

「え、いや、彼女が……」

 ルチアーノには臭いと言われたが、アルヴァーロは微笑む。

「まぁ、そりゃそうか。似合わないことはないけど、ちょっと甘すぎるかな……」

「勝手につけるんです。普通に移ることもあるけど……」

 あなたにも似合うから、とそう言って女たちは自分のお気に入りの香水をリアンにつける。同じ匂いにすることで、自分のものにしようとしている、とリアンはそう感じる。その時だけ、彼女のものになる。でも、帰ったらシャワーを浴びて、匂いを落とす。

「……落として来ます…」

「そう? じゃあ普段これつけときなよ」

 アルヴァーロのコートの内から、ラッピングされた小箱が出て来る。透明の箱の中には、水色の小瓶が入っていた。

「………これ…」

「さっき買って来たんだよ。昨日も女ものの香水の匂いがしてたし……持ってないのかなと思って」

「いいん、すか」

「紳士たるもの、身だしなみはきちんとしておきな。港町育ちの君に似合う爽やかな香りだ。彼女たちもきっと気に入ってくれる」

 彼からも、ふわりと上品な香りがした。彼はきっと、育ちの良い人間なのだろうな、と思う。仕草も、その心遣いも、余裕のある人間のものだ。小箱を受け取る。水色の小瓶の中で、香水が揺れる。見慣れたこの町の海が、そこに閉じ込められているようだった。

「ありがとう……ございます」

「アルヴァーロさん、これは?」

 リビングの隅に置いた荷物を、ルチアーノが指差す。あぁ、とアルヴァーロは頷いた。

「それも、リアンにね」

「えっ」

 驚くリアンに、アルヴァーロはニッと笑う。

「仕事に必要なものだよ」


 家のないリアンは、着替えというものを持っていなかった。

 いつも同じTシャツを着ている。時々、見兼ねた彼女たちが洗濯してくれたり、新しい服をくれたりする。でも、どれも大概同じようなものだった。

「うん、いいね。これなら問題なさそうだ」

「……ワイシャツ初めて着たかも…」

 シックな青色のシャツ。アルヴァーロは満足そうに笑う。裾が出っ放しなのを見て、ルチアーノは目を細めて指をさす。

「しまえ。ダサいから」

「えー」

「えーじゃない」

 しぶしぶリアンは言われた通りにする。その足元を見て、ルチアーノはアルヴァーロに訊く。

「……何でブーツなんです?」

「その方が似合うかなって」

 茶色の革のブーツ。コンコン、とつま先でリアンは床を叩く。

「ピッタリっすね」

「だろ」

 笑うアルヴァーロ。どうしてピッタリなのかは何だか怖くて訊けなかった。よし、とソファに座るアルヴァーロ。自然とリアンは向かいのソファに座り、ルチアーノはアルヴァーロの隣に足を組んで座る。

「……さて。それじゃあ仕事の話をしよう」

 パチ、とアルヴァーロは手を叩く。笑った目が少し真剣味を帯びる。

「今回のターゲットは、貿易会社の御曹司……三兄弟の長男だ。この町にある貿易会社。知ってる?」

「オール・メリー社だろ。……そこの長男?」

 リアンが答え、訊き返すとアルヴァーロは頷く。

「社長である父親が、もうすぐ病を理由に引退する。息子の三兄弟は社長の座を巡って熾烈な争い真っ只中────依頼人は三男のベルトラン・エレディア。邪魔な長男を消してくれってさ」

「険悪なんだな……」

 ちら、とルチアーノを見る。彼はリアンの視線に気付くと「何だ」と言うように目を細めた。

「そう単純な仲違いじゃない。長男のアダンは相当……『このまま野放しにしていたら奴は会社を食い潰す』……って実の弟に言われるほどのロクでなしだ」

「……具体的には?」

「金の密輸に手を出した。社長にはまだバレてないらしいけど、弟はその尻尾を掴んだ。でも、アダンのバックにはコワーイ組織がついてて、父親に密告するのも恐ろしい。だから、殺し屋に依頼することにした」

 アルヴァーロの『怖い』は、どこか実感が伴っていないように聞こえた。世間的にはそう、という便宜上その言葉を使ったような、そんな感じだ。

「……次男は?」

「真面目に父親の世話をしつつ……だそうだ。堅実だね。兄のやってることには気が付いてないらしい。アダンはアダンで、外面だけは良くて、頭も回るらしいから……」

 隣のルチアーノが嫌そうな顔をしている。何かを思い出しているらしい。

「ま、内情なんて俺たちの知ったことじゃない。依頼人は熱心に話したけどね。俺たちはそのアダンを確実に始末するだけだ」

「…………」

 アルヴァーロはそう言うが、リアンは三男のことが少し心配になる。長男が何者かに殺されたと、そのバックにいる組織に知れた時。火の粉が三男に飛び火して、結局、オール・メリー社は良くない方向に行くのではないかと。

「……どうした?」

「───いや。何でもないっす……。で、俺はどうしたらいいんですか」

「そう。ここで必要になるのが君の力だ」

 ビシ、とリアンを指差す。

「三男に彼の居場所を聞いたのだけど、分からないと言われた。自宅には戻っていないみたいだね。会社で殺すのは以ての外だし、どうにか潜伏場所を突き止めないといけない」

 目撃者も全て消さなければならない。人の目に多く触れるのは、不要な殺しを生み、アルヴァーロもそれは避けたいことだった。

「アダンは女癖が酷いって話でね。この町のどれかの娼館に通い詰めてるんだと。だがどれかまでは分からない。恐らくだが────毎晩どこかの娼館に遊びに行ってる」

「……あぁ、言いたいことは大体分かってきました……」

「そんなことあるもんか、と思ってたけど、君を見てたらあり得るんだろうなって、なんか、現実味が湧いたよ」

 アルヴァーロは笑う。リアンは心外である。大体、そのターゲットとは身分が違いすぎる。一つため息を吐いて、リアンは肩を竦めた。

「────で。さすがにノーヒントでしらみ潰しに探してたら、時間かかりますよ」

「あぁ、それは心配しなくていい」

 アルヴァーロはコートの内ポケットを探ると、一枚の写真を取り出して机の上に置いた。リアンはそれを覗き込む。

「ベルトランの腹心が、なんとか撮ってきた写真らしい」

 夜の町。明々とした店の照明をバックに、アダンらしき男と、華美な服装の女が写っている。女は男の腕を抱き、寄り添って歩いていた。

「彼女、知ってる?」

「…………」

 あぁ、そんなこともあるのか、とリアンは思った。神が本当にいるのだとしたら、性格が悪いのだろうなと思った。

「……ヒルダだ」

 一昨日寝た女がそこに写っている。明日も会わないかと、そう言った彼女が────。

「……これはいつの写真?」

「一ヶ月くらい前だって言ってたかな?」

 ヒルダは娼館で働いていたが、今はやめていたはずだ。彼女が働いていた娼館のことは知っている。───リアンは目を伏せる。

「……分かった……あいつがいつ、どこに現れるか、それを突き止めて来ればいいんすね」

「そういうこと」

 アルヴァーロは笑う。本当にこの人は人を殺すのかと、未だ実感が湧かない。意図的に情報を得ようとするのは初めてだ。上手くいくのか、少し不安だったが────リアンは、携帯を取り出した。


#6 END

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