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Strain:Cavity  作者: Ak!La
Chapter1 The [C]yclops
4/15

Act4:弱いものを救い上げるだけでは十分ではない

「ご苦労。これが今回の報酬金だ」

 テーブルの上に、黒いアタッシュケースがドシ、と置かれる。ソファに座るアルヴァーロはそれを一瞥すると、テーブルの向こうでゆったりとソファに座っているスーツの男に笑う。

「どうも。今後ともご贔屓に」

「お前のお陰で、我々の秩序は守られている。縄張りを荒らす不届きものは、こうしていなくなる────エスカランテの名を、皆が恐れるようになるだろう」

 スーツの男────エスカランテ・ファミリーのボスであるヴィクトール・エスカランテは葉巻をふかす。アルヴァーロは笑みを浮かべたまま、目を伏せる。

「えぇ。あなた方は恐ろしい。私はあなた方に雇われる身で良かったと、常々思いますよ」

「は。戯れ事を。それを思うのは俺の方だ。お前を敵にするのは恐ろしい。お前は俺たちのことなんかちっとも恐れちゃいないだろう」

 ヴィクトールは体を起こす。葉巻を指に挟み、ニヤリと笑う。

「お前は、他から俺たちを滅ぼせと言われればそうするだろう。お前にはそれが出来る。俺たちがどれだけの銃器を持って迎え撃っても────お前はその銃一つで、俺の首を取って見せる」

 葉巻の煙が、ヴィクトールの首の前を横切る。その様を見て、アルヴァーロは紫の瞳を細めた。

「……お得意様ですから、その様なことは。あなたが私に金を握らせて、『俺たちを守れ』とそう仰るのなら、私はそうしますよ。何者からも守る番犬になりましょう」

「番犬だって? そんな可愛いタマか。誰だってお前を飼い慣らせやしない。飼われているのは俺たちの方だ。なぁ、死をもたらす者よ」

 白きその男は笑みを湛えている。深淵のような光なきその瞳に、ヴィクトールは背筋をぞわりとさせた。

「……“白き冥王ホワイト・アイドネウス”」

 ヒトの形をした、死の形容。魂を刈り取る死神ではなく、彼は魂を迎えに来る。拒めるものはいない。故に、裏社会ではその名で呼ばれる。

「お前、俺の下に入る気はないか」

「…………無理だと思って言っていますね。勿論、お断りしますよ」

 微かに、冥王は表情を緩める。

「俺には、帰るべき場所があるので」



 ジュリエットの医院に、ルチアーノはいた。アルヴァーロは彼をここに預けて、どこかへ行ってしまった。すぐ戻ると言っていたが、ルチアーノはそわそわする。

「ルチアーノ君。義眼の調子はいかがですか」

「あ、はい。違和感はないです」

 お茶とお菓子をお盆に乗せたジュリエットがやって来る。アルヴァーロが出かける前に、完成した義眼を入れてもらった。彼女が作った義眼は、ルチアーノの空の眼窩にぴたりと収まった。

「それは良かったですわ。これでもし眼帯が外れてしまっても安心ですわね」

「はは、そうですね……」

 とは言え白目タイプなので、外れると瞳のない目が現れることになる。それはそれで忌避感があるのではないかと思うが、彼女が言っているのはきっとそういうことではない。

 コトリとお盆がテーブルに置かれる。前と同じハーブティーがカップで湯気を立てている。横に並んだココアクッキーは美味しそうだった。

「手作りですの。どうぞ召し上がって」

「いただきます」

 最初の様な警戒心はもう抱かない。彼女は心優しい人だと認識したからだ。怪しげで、少し変わってはいるけど悪い人ではない。……非正規の闇医者ではあるらしいが。

「…………ジュリエットさんは、アルヴァーロさんとどうして出会ったんですか?」

 ティーカップを手に取りながら、ルチアーノはふとそう訊ねた。

「わたくしですか? ええ、そうですね。わたくしとアルは、先代からのお付き合いですわ。アルの家は昔から続く殺し屋の家、わたくしはそれをサポートする闇医者の家系ですわ。アルのお父様は時々怪我をなさって、いらしてましたわね。それに比べてアルは、全くと言って良いほどわたくしを必要としないのですけど………」

「アルヴァーロさんの……お父さん」

 アルヴァーロの家の話は先日聞いた。父親に、幼い頃から殺し屋として育てられたと彼は言っていた。ジュリエットはその父親を知っているようだ。

「どんな人だったんですか?」

「アルとは似ても似つかないというか……表情のない方でしたわ。あぁでも、白髪に紫の瞳っていうのは、そっくりでしたけど」

 アルヴァーロの息子たちも同じだったな、とルチアーノは思う。

「お父様もお強い方でしたけど。アルほどではありませんでしたわね。殺し屋としては普通の方、ですわ。…………アルは何というか、人間離れしているというか……」

 それはルチアーノも思う。ジュリエットは僅かに夜空のような瞳を伏せ、長いまつ毛を震わせた。

「小さい頃から……不思議な子供でしたわ。彼は少し先のことが分かるようで。超能力とかではなく、高度なシミュレート能力……だと思いますけれど」

「シミュレート?」

「周りの状況の様々な情報から、その先のことを予測、推測するのです。アルはその能力に長けていて、無意識に情報を掻き集めて常に先を予測しながら動いているのだと、わたくしは考えていますわ。その精度も高く────彼が怪我ひとつしないで任務を遂行出来るのは、その能力のお陰だと思いますわ」

 なるほど。アルヴァーロが相手とほぼ同じかそれより早く対応して動いている様に見えたのは、気のせいではなかったということだ。きっとアルヴァーロ自身が自覚していることではなく、ジュリエットの推測にしか過ぎないのだろうが、きっとそうなのだろうとルチアーノは思う。

「アルのお父様は、仕事の合間にアルを連れて来ましたわ。その時の彼は、少しだけ優しく見えましたけど。アルはお父様と仲良くはないようでした」

 星空の下、アルヴァーロは自身の生い立ちを語った。深く語ったわけではなかったけれど、彼が幼い頃に父親に抱いたであろう感情は少しだけ感じ取れた。自分を冷徹な殺人者として育てた父親を、アルヴァーロは好いていない。

「…………アルヴァーロさんのお父さんは、今は?」

「もう二十年も前に、亡くなりましたわ。お仕事中に、撃たれて……」

 ジュリエットは目を伏せる。

「亡き骸は帰って来ませんでした。当然ですわ、敵地の中で死んだのですもの。向こうできっと、供養もされないまま捨てられてしまったのでしょう。……アルは、泣いていなかったと思いますけど。その後すぐに、お父様の開けた仕事の穴を埋めるように────同じターゲットの元に赴いて、怪我一つせずにきっちり遂行して帰って来ましたわ」

 二十年前。今のルチアーノと同じ歳の頃だろうか。そんな頃から───と思うと同時に、ふと何か違和感に気付く。

「……あれ……ジュリエットさんって……おいくつなんですか……?」

 アルヴァーロより若いと思っていた。だが、口ぶりからして彼の幼い頃も知っているし、父親のこともはっきりと知っている。そもそも彼女の“先代”の話が一切出ていない。恐らくは、彼女自身がその当時の……。

 ジュリエットはあら、と口に手を当てると、フフッと笑った。

「女性に年齢を訊ねるのは失礼でしてよ。内緒ですわ」

 ウィンク。…………どう見ても20代の女性なのだが。やはり魔女なのかもしれない。

「ルチアーノ君は、どうしてアルと一緒に?」

「俺は……突然アルヴァーロさんが、部屋に現れたんです」

 話してもらったら、今度は自分が話す番だ。ルチアーノはアルヴァーロと旅をすることになった経緯を彼女に話す。振り返ってみれば突飛な話だ。ふと窓を見ると男が張り付いていて、その人を中に招き入れて、手当てをして────願いを、ひとつ叶えて貰った。

「……俺は家族を殺して出て来たんです」

「そうでしたの」

 ジュリエットはただ、相槌を打った。責めるでもなく、褒めるでもなく、慰めるでもなく、ただ微笑んでいた。

「アルヴァーロさんが来なかったら……俺は、今でもあの家で、虐げられていた。親にも存在を認められず、兄には玩具にされて……」

 両手を膝に置き、息を吐くと共に首を振る。思い出すと、はらわたを抉られるような気持ちになる。

「……せいせいした。父も母も紅い孤を描いて斃れて、一番上の兄は顎がなくなって死んだし、双子の兄は、俺から奪った目を貫かれて死んだ」

 凄惨なその光景の中で、ルチアーノはただ清々しかった。

「でも、一昨日アルヴァーロさんの仕事について行った時……死体を見て、竦んじゃったんです。……俺だって、一度は殺してるのに」

 頭を潰されたのが見知らぬ男じゃなくて、兄だったら……自分は平然としていたのだろうか。そんなことを思う。

「俺は、人殺しになれると思った。家族を殺せたのなら、誰だって殺せるって────でも、違うみたいだ。憎んですらいない知らない相手を殺すのは、まだ、俺には少し……苦しい」

 知らない人だから何とも思わないんじゃない。よく知っていて、憎い相手だからこそルチアーノは、その手で引き金を引けたのだ。それを理解した。

「アルヴァーロさんは、何も感じないって……言ってました。その上で、守りたいものがあるから、人間でいられるって────。でも、俺には何もないし、もし、この感情を殺せるようになったら、俺は──」

 一抹の不安。強くなりたいことに嘘はない。だが、その先に待つ自分が何者でいるのか、怖くなった。

「……何もない、なんて事はありませんわ」

「でも、俺は家族すら捨てた……! それ以上に、大切なものなんて」

「大丈夫。今はなくても、いつか現れますわ」

 ジュリエットはにこりと笑う。

「焦らないで。いつか、来たるその時が来たら、この日のことを思い出してくださいまし」

 テーブルの向こう側から身を乗り出したジュリエットの手が、ルチアーノの手に重ねられる。

「あなたは優しい子でしてよ、ルチアーノ。他人を大切に想える人です。守るべきものを見つけたら、あなたは必ず守りたくなる。何を差し出してでも。……だから、安心して。その時に備えて、強くおなりなさい。良いですわね。怠惰は許されません」

「…………」

 ふわりとした感覚。それはまるで魔法の様に、心に沁みて行く。心深くに、記憶としてではなく、深く、深く───。


 ────扉の開く音に、ハッとルチアーノは我に返った。

「ただいま。……何してる」

「……ア……ルヴァーロ、さん、おかえりなさい」

 ルチアーノはぼうっとしていた意識を引き戻す。直前の記憶がぼやけている。何の話をしていたんだっけ。

「お悩み相談ですわ。おかえりなさいまし」

 立ち上がるジュリエット。ルチアーノは頭を掻く。アルヴァーロは近付いて来て、ひょいとテーブル上に残っていたクッキーをつまむ。

「やっぱ美味いな。このクッキーまだあるか? 少し包んでくれ」

「良いですけど。早めにお召し上がりになって下さいまし」

 部屋の隅の戸棚に向かうジュリエット。ルチアーノはアルヴァーロを見上げる。

「……もう出るんですか」

「あぁ。他の仕事もあるしね。あまり長居しない性分なんだ」

「そうですか……」

 部屋を見回すルチアーノに、アルヴァーロは笑う。

「大丈夫、ここにはまた来るよ。怪我をしたらここしか頼るところはないからさ」

「……遠くで怪我したら…………?」

「ここまで来る」

「…………怪我によっては死んでしまうのでは……」

「そういう怪我をしなきゃいいだけだ」

 無茶を言う。そんな事を言われては、ますます強くならなければと思う。大怪我を負えば死んでしまう。敵地で死ねば、供養もされずに捨てられる。……そういう世界だ。

 アルヴァーロは、そういう恐怖とは無縁で生きて来たのだろうか。殺す事に何も感じないと言っていたが、銃弾が飛び交う中でも、恐怖を感じたことすらないのではないか。

 ルチアーノにはそう見える。少し先の未来を常に見ているのであれば────怖い事なんて、ないのではないか。

 自分にもそういう力が、身についたりするのだろうか。きっと、彼にやり方を聞いたって明確な答えは返って来ない。消えた足音と同じように、彼にとっては当たり前のことだろうから。

 少しだけ……ルチアーノは、今、突然アルヴァーロを殴ったらどうなるんだろう、と思った。少し試したくなる。じっ、とアルヴァーロを見つめていると、彼の視線が返って来る。彼は眉を上げ、困ったような顔をする。僅かに手が身構えている。

「……え……何……」

「…………何でもないです」

 この程度で察知される。実行する気はなかったが、僅かな動作や表情の変化から、アルヴァーロは攻撃の気配を察知したのだろう。

「俺、役に立てるように頑張ります」

「……ん?」

「アルヴァーロさん程にはなれないかもしれないですけど……怪我しないで帰ってくれるくらいには、なります」

「…………“お悩み相談”ってそれ?」

 首を傾げ、アルヴァーロはガシガシと頭を掻く。

「まぁ……そうね。お前が怪我したら、俺も悲しいし……。しょっちゅうここに来ないでいいように、しっかり鍛えてやる」

「まっ! たまにはうちにも来てくださいまし!」

 クッキーの包みを持ったジュリエットが眉を吊り上げて言う。包みを受け取りながら、アルヴァーロは笑う。

「来るよ。またクッキー貰いにさ」

「それでも構いませんけど。治療の方がわたくしは嬉しいですわ」

「俺はイヤだ。別に治療に来なくたって、うちから常に生活費出してやってんだから困らないだろ」

「たまにはチクチク出来る傷作って来てくださいまし。腕が鈍ってしまいますわ」

「ヤだよ……」

 ゴソゴソと、アルヴァーロはクッキーの包みをコートの内にしまって、部屋の隅に置いていた荷物を取りに行く。ルチアーノも、荷物を手にする。

「それじゃ。またなジュリー。体に気をつけろよ」

「医者の不養生とは言いますけど。生まれてこの方風邪は引いたことございませんので大丈夫ですわよ」

 髪を揺らすジュリエット。アルヴァーロは笑みを返して、先に医院を出る。ルチアーノは彼女にぺこりと頭を下げて、アルヴァーロの後を追った。

「……次はどこへ行くんですか?」

「とりあえず、隣町に行くよ。そこでも依頼があるからね」

「……また歩きなんですか?」

「当たり前だろ。さ、行くぞ」

 歩き出すアルヴァーロ。足音はしない。タッタッタと、自分の追いかける足音だけがする。

 一人で歩いているみたいだ。目を前に向ければ、あの人はいるけれど。少しだけ、不安になった。

 隣に追いつく。並んで歩く。いずれ、そうやって戦えるように。

 

 隻眼の青年は、歩き始めた。


#4 END

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