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俺を名乗る電話

作者: いしい けん

 数年振りに帰省した実家は、少し散らかっているように見えた。

 俺の綺麗好きは父親譲り。小さい頃は食べ終わった先から、次々と食器を流しに運ばれて行った程だ。

 そんな両親共に歳を取り、片付けも億劫になってきたのかも知れない。


 乱雑したテーブルから個装されたお菓子を取り封を切ると口に運び、リビングにあるソファに寝そべりテレビのスイッチをつけた。

 普段家にいる時はテレビなんて観る事はないのに、静かに流れる田舎独特の時間が自然とそうさせたのだろう。

 目まぐるしく変わるチャンネルは、お昼のワイドショーで止まった。コメンテーターがオレオレ詐欺について得意気に話すが、そんな話に興味はなく一向に耳に入っては来なかった。


 すると、固定電話から着信を知らせるベルが鳴る。


 突然帰ってビックリさせようと思ったのだが、生憎両親は留守だった。

 田舎なので玄関の鍵は開いたまま、先に入って帰りを待たせて貰う事にしたのだ。

 家で待つ順番は逆になったが、暫く見ない息子の顔を見てさぞかし驚く事だろう。そんな両親の顔を思い浮かべ、俺は鳴り響く受話器を上げた。


「は、はい……もしもし」


 先程のお菓子が口の水分を奪い喉につっかえ、思いがけず掠れた声を発する。

 すると受話器越しの相手は、年老いた父親と勘違いしたのか俺にこう問いかけた。


「あ、突然申し訳ありません……。ヨシダさんのお父様でいらっしゃいますか?」


 俺は一人っ子。家出同然、飛び出すように大阪に移り住んで二十数年。大きな声で言えたような話じゃないが、ある施設を出たり入ったりを繰り返してる放蕩息子だ。

 両親には心配を掛けてばかり。

 久しぶりに帰った実家には、こんな電話がかかってくるのか?

 興味本位と直感が俺の胸の鼓動を速めた。

 今度は無理やり掠れた声を作り、少し短めに適当な相槌を打つ。


「あぃ……そうですが……」


 すると受話器越しの相手は、耳を疑う意外な言葉を発した。


「実は……驚かないで聞いて下さい。息子さんが会社のお金を使い込んでしまいまして……このままでは懲戒免職は勿論、横領として刑事事件にせざるを得ない。しかし、息子さんの将来を考え、我々としても穏便に事を済ませたいと考えております……」


 裏の社会で生きて来た俺の直感は的中した。やはり面白い展開になってきたじゃないか。

 そもそも、一度も会社なんかに勤めた事の無い俺がどうやってその金を使い込むんだ?


 テレビに映るコメンテーターは、俺の方を向きながら狡猾な手口にご用心を……と警告するが用心するのは今回ばかりは相手さんのようだ。

 一丁、ひと泡噴かせてやろう……そう考えた。


「えっ! そ、そうなんですか……?」


 驚くなと言われたが、別の意味で驚いたには変わりない。

 俺は少々大袈裟に返事をしてみせた。しかし、それ以上に口を開いてボロが出てしまっては元も子もない。

 何せ受話器越しの俺はまだ四十代なのだから、本当の声にはまだ艶もハリもあるだろう。


「お父さま、とりあえず本人から経緯を説明させますね」


 そう言うと受話器の向こうで、俺を名乗る俺が喋り出す。


「もしもし……父さん、俺だけど。ごめん……大変なことしてしまった」


 そう言って、受話器の向こうで泣きじゃくる俺。なかなか迫真の演技力に賞賛を送りたい。

 だが、本物はこっちだ。所詮、ニセモノ。

 黙って俺を名乗る俺の話を聞く事にした。


 どうやら、使ったお金は競馬に注ぎ込んだらしい。せめて株とか為替とか、一時流行ったビットコインとかにしろよ。

 競馬なんてギャンブルは、確率的に分が悪いだろ。

 こちらから何も聞かなくても、一通り勝手に経緯を語ってくれたので、無駄な声を発せずに済んだと言うものだ。一方的に話す手法、これもきっと周到に練られたマニュアルのひとつなのだろう。

 言い終えると溜め息ひとつ漏らし、力無く電話を変わると、先程の上司と思われる男が再び俺に喋りだした。


「先程も申し上げましたが、本人も反省しております。こちらとしましては横領した金額をご返済頂ければ、今回は穏便に……」


 まどろっこしい、俺は会話を遮った。


「で、お幾ら程でしょうか?」


「はい、ちょうど三百万円になります」


 なるほど、どうにかすれば田舎の老夫婦でも払えそうな金額を突いてくる。

 あまり高額過ぎて諦められては困るのだ。


「わかりました、ご用意します。で、どのようにお渡しすれば……?」


「御理解のある優しいお父さまで……彼もこれを機に仕事に一層励んでくれたら……そう思います」


 なんて白々しい台詞なんだ。向こうもほくそ笑んでるだろうが、聞いているこっちも笑ってしまいそうだ。


「お金がお金ですので、お振込みという訳にはまいりません。会社までご持参頂くのも、他の社員の目もあるのでどうかと思います……。ご用意するお時間も必要でしょう、十六時に三門駅近くの喫茶店で待ち合わせで如何でしょうか? 当然、息子さんも同席のうえ三人でお会いしましょう」


 俺は時計を見上げた。あと一時間も無いくらいだった。

 これまた微妙なラインを指定してくる。あまり急がせ過ぎて、銀行や郵便局で変な行動を取って職員に勘繰られ通報されても困るのだ。


 それに息子の俺も同席だと?

 安心させておいて、ギリギリになったらどうしても抜けれない仕事の打ち合わせに行ったとかで、現れることが無いのは見え見えだ。

 だがここは騙されたフリをしておこう。


「わかりました。では定刻に喫茶店で……」


「それと……」


 上司の男は言いにくそうに口を開いた。


「本日が入金処理の締め日です。経理の都合上、未入金と処理する訳にはいきません。待たせて頂いたとしても、十六時半迄にご用意頂けない場合は、致し方ありませんが懲戒処分の後、警察に被害届を提出せざるを得ません……ご理解頂けますよう」


 遠回しの脅迫って訳だな? ほんの少し猶予を持たせる辺り、これも何か心理的な意図があるのだろう。

 だか、そんな事はどうでも良い。十六時に現場に行って反対に同じ金額を脅し取ってやる。

 このペン型の盗聴器で録音すれば証拠にもなる。


「わかりました。必ず伺います」


 俺はそう言って電話を切った。

 さて、少し早いが現場の下見を兼ねて家を出るとするか。


 と……その間に両親が帰って来て、再びかかって来た電話に出てまんまと騙されては困る。

 俺は固定電話の電話線をそっと引き抜いた。


 真面目な両親がオレオレ詐欺に騙されて、本当に三百万円持って行ったのでは本末転倒だからな。


「これで大丈夫だ」


 出掛けようと俺がリビングのドアを開けた瞬間、玄関を開け帰って来た母親と目が合った。

 クソっ! 部屋でのんびりしてる所をビックリさせようと思ったのに、こんなシチュエーションでは久しぶりの対面も効果半減じゃないか?


 しかし、母親は表情を変える事なく静かに玄関の扉を閉めた。

 あまりに突然の事に言葉を失ってしまったのかも知れない。だって十年以上顔を見てないのだから仕方ない……。俺は廊下に立ち尽くしたまま母親が再度玄関を開けるのを待っていた。


「ただいま……いや、この場合お帰り……だろうか?」


 何と声を掛けるのが正解なのか、色々と口に出してみたが何故かどれもしっくり来ない。


 それから数分して現れたのは母親ではなく、数人の警察官だった。

 不思議に思っていると、あれよあれよと言う間に両脇を抱えられ、身動きが取れなくなっていた。

 何が何だか分からなくなり、辺りを見渡したが、そこには母親の姿は無かった。


「この家の住人が、知らない男が家に居ると交番に駆け込んできたんだ……誰だ、お前は! あの家で何をしていた?」


「お、俺はこの家の息子だ……久しぶりに実家に帰省しただけだ、離せっ! 俺が何をしたって言うんだ……」


「わかった、わかった。話は後で聞いてやる……行くぞ」


 そのまま俺は引き摺られるように家の隣にある交番に連れて行かれ、かれこれと言われも無い事情聴取を受ける事となる――。




「だから何度も聞かせるな! ヨシダさん家の息子さんだと? バカ言うな、息子さんはこの春に就職したばかりの二十代だ、お前みたいなオッサンはあの家にはいない!」


 こんな不当逮捕あってはならない。後々の為に取り調べの一部始終をペン型盗聴器に録音しておく事にした。

 要所と思われる節で録音のスイッチを入れる。


 しかし何故だろう……警察官の言葉に何処か、そこはかとない不安を感じる俺がいた。何で俺は交番で警察に身柄を拘束されているんだ……?


「さっきからカチカチとボールペンをノックしてるけど……気が散るから止めろ」


 そう言って俺の手からボールペンを奪い取ると机の上に置いた。


 すると交番の入口がスっと開く気配を感じたので振り向く。そこには見知らぬ中年の女性が恐る恐るこちらを覗いて、警官に向かって黙って首を横に振っている姿が見える。


 あのババア、俺の顔を見てコソコソと何を言っているんだろうか?

 だがその瞬間、俺の腕にガチャリと手錠が嵌る音が聞こえ絶望に肩を落とした。


「十六時二十五分……住居不法侵入の容疑で現行犯逮捕する」


 同時に隣で電話の受話器を置いた別の警官が言う。


「所持品から、この男の身元が判明しました。氏名は西村公造、四十五歳……。つい先週まで、そのボールペンに書かれている大阪の精神病院で入退院を繰り返しています……」


 俺は交番に掛けてある壁時計を見上げた。

 あぁ……もう十六時半か。何か約束していた気がするが忘れてしまった。


 すると今度は交番の電話が、けたたましく鳴った。


「はい……どういう事ですか? 業務上横領? で、お名前は?」


 受話器を耳に当てた警官は、何故か驚いたように俺の顔を見た。

 だが俺には関係の無い事だ。


「ちょっとキミ、その名前って……もしかして?」

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