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9/9

プロレスとは

立ち上がった2人は交互に肘をぶつけ合う。少しズレれば顎を打ち抜き意識が飛ぶギリギリのラインを的確に。やがてナツカワの膝が崩れ、好機と見たかくまくまマスクは背後のロープにぶつかるよう走り、その反動を利用して軽くジャンプすると巨大な頭をナツカワの顔面にぶつけた。後頭部から倒れたナツカワの上にくまくまマスクがのしかかり、太ももを掴んで抑え込む。


「ワン!ツー!」


リングを叩く中年の男、その手がスリーをカウントする寸前にナツカワは肩を上げる。すると周りから自然と拍手が飛んだ。くまくまマスクが一旦距離を取ると、ナツカワは頭をさすりながらも闘志絶やさぬ瞳でくまくまマスクを睨みつける。


(そこまでしなくても)


それがリージュの素直な感想だった。勝ち負けは決まっているし、観客は刺激に飢えた金持ちや博徒でもない平和そうな老人達。そんな状態でいつ怪我してもおかしくない技の応酬を繰り返し、試合時間を伸ばそうとする姿勢は矛盾している。だがナツカワの瞳に下心は一切見えない。


人が飛び、熊が飛ぶ。大道芸的でありながらも相手を破壊することを厭わぬ容赦のない技の数々。気付けばリージュは汗ばむ拳を強く握りしめ、試合から目を離すことができなかった。


やがて流れは徐々にナツカワの劣勢となり、くまくまマスクのラリアットを食らってリングの真ん中で大の字になる。息も絶え絶えな様子のナツカワを一瞥し、くまくまマスクが大きなポーズを取ると拍手が沸き起こる。するとくまくまマスクはコーナーポストによじ登り、観客に向けてポーズを決める。そして荒い呼吸に合わせて上下するナツカワの腹筋めがけ、くまくまマスクはコーナーポストを蹴ってくるりと回り、2人でバツの字になるよう落ちていく。その様子を倒れながら見ていたナツカワが息を整え腹筋に力を入れると、その刹那くまくまマスク激突の衝撃が腹筋を中心に広がりリングに伝播する。くまくまマスクがナツカワの腹筋を両手で抑えるとすかさずレフェリーがカウントを始める。


「ワン!ツー!スリー!」


すでに着替えを済ませていたタグチがテーブルに置かれていた機械のスイッチを押すと、スピーカーから小さな鐘を何度も叩いたような音が響いた。


「勝者!くまくまマスクぅー!」


男がくまくまマスクの勝ち名乗りを上げると、くまくまマスクは四方に愛嬌を振りまくような動きで観客にアピールする。会場の視線がくまくまマスクに集中している隙に、ナツカワは腹を押さえながら目立たないようテントに引っ込んだ。


「ナツカワ!」


ナツカワはタグチから投げ渡された氷のうを痛む部位に当てながら椅子に身を預けた。


「しっかり見てくれた?」

「怪我はないのか?あんな無茶して」

「これがプロレスってやつだよ。見てみな、みんなの顔を」


驚愕、感動、畏れ。テントの隙間から見える観客達の顔は様々な感情で彩られていた。


「身体一つであんないいものが見れるんだよ?勝ち負けが重要じゃないとは言わないけどさ。すごいもん見せてすごいと言われて、それが最高に楽しいんだよ私は。そりゃあ売れてるとこと比べたらお遊びかもしんないけどさ」


事前に決められた勝敗と身を削る真剣勝負。怪我をするかもしれない危険な行為と観客の朗らかな笑顔。これほどまでに矛盾という言葉が似合う状況にも関わらずリージュの芯は熱を感じていた。


(プロレスとは、なんなんだ?)


プロレスそのものではなく、感情を揺さぶるプロレスという仕組みへの疑問。だがそれはリージュにとって困惑ではなく好奇心だった。乾いた心に水を垂らされたような、今までにない高揚感。


拍手を背にくまくまマスク……としての愛嬌が消えたアサクラがテントへ戻ってくると、タグチとクドウが立ち上がり軽めのストレッチを行う。ナツカワはクーラーボックスから新しい氷のうを取り出しアサクラへ渡す。アサクラは首の隙間から腕を出し氷のうを受け取ると、素早く引っ込めどこかを冷やし始める。その光景に誰も口を挟まない様子にリージュは改めて異世界を感じた。

■簡易キャラ紹介

アサクラ・ココロ:くまの着ぐるみは普段から着用している。いくつか同じものを所持しており、ローテーションで選択している。

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