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闘争美

「じゃあ行ってくるよ」


自身を鼓舞するように両膝を手で2回叩き、ナツカワはテントを出る。いつのまにかスピーカーの近くにいたタグチが端末を操作し曲を流す。筋肉を引き締めた両手を挙げ、観客たちに笑顔を振りまきながらリングに上がる。とてもこれから闘うとは思えぬ愛らしさにリージュは眉をしかめる。


「ナツカワァー、ヒロネェー!」


いつの間にかリングに上がっていた白シャツに蝶ネクタイの中年の男がマイクでナツカワのフルネームを高らかに叫ぶ。一旦音楽が止まり、アサクラがテントを出るとまた違う音楽が流れ始める。アサクラは前転しながらリングの周囲をぐるぐる回って時々仰向けで空を眺める奇行を何度か繰り返した後飽きたようにリングへ上がった。


「くまくまぁー、マスクー!」


続いてアサクラ、ではなくくまくまマスクがわざとらしい子供っぽいひょこひょことした歩き方でリングに向かう。熊の着ぐるみがこれから闘おうとする状況に観客席からは驚きとも笑いともつかないどよめきが上がる。そんな空気も意に介さないくまくまマスクはトップロープを掴み、鉄棒の大車輪の要領でぐるりと身体を回し、ナツカワの目の前に飛び降りる。ナツカワの身長は162cm、くまくまマスクの身長は180cm以上、その差は実際のヒグマと人間のそれをリアルに感じさせる。にらみ合った状態で動かないことを確認した白シャツの男は隠し持っていたゴングを木槌で威勢よく叩く。河川敷に響く金属音と同時に2人は手と手を掴み合って力比べの体勢に入る。


体格では勝るくまくまマスクが徐々に押していき、ナツカワはブリッジ寸前の苦しい姿勢に追い込まれる。あと少しで頭が付きそうだというところでナツカワは手を放し、くまくまマスクの懐に潜り込んだ。力の行き場を無くし手をつくくまくまマスクを肩に担ぎ、その場に背中側から叩きつける。目に見えるほど大きく揺れるリング。ナツカワの剛力を観客は拍手で褒めたたえる。だがそれに浸ることなくナツカワはくまくまマスクの腹部に数度ストンピングし、無理やり上体を起こすとその頭を腕でがっちり固めた。当然くまくまマスクの熊部分は着ぐるみなので、巾着めいて絞られた顔はファンシーさの欠片もない顔面崩壊を起こし意図しない笑いが会場に生まれる。


(あれ、中身に届いてるのか?)


リージュの疑問に応えるように、しばしされるがままだったくまくまマスクはエルボーで背後のナツカワの脇腹を執拗に叩く。たまらずナツカワが腕を放した瞬間滑り込むようにその背後に回ったくまくまマスクの意趣返しヘッドロック。太く通気性の悪い素材とくまくまマスクの腕力に抑え込まれたナツカワの顔がみるみる内に赤くなる。極められる寸前に隙間へ入った腕ごと絞めつける様子は本物の熊よりも恐ろしく見えた。ナツカワはなんとか身体をひねり、ロープに足の爪先をかける。


「ブレイク!」


白シャツの男がくまくまマスクにロープブレイクを伝える。くまくまマスクはフッと力を抜くと、両手を挙げ攻撃の意思がないことを示しながら後ろへ下がる。白シャツの男はナツカワを覗き込み、問題がないことを確認すると試合再開を促した。ナツカワは数回息を大きく吐き、立ち上がると同時にくまくまマスクめがけその場跳びのドロップキックを放つ。首と胸元に突き刺さるようなキックはくまくまマスクを大きく後退させロープにめり込ませる。ロープの反動で返ってきたくまくまマスクめがけもう一度ドロップキックを当てるべく跳び上がった瞬間、くまくまマスクも同様に宙にいた。ほぼ同時にキックがぶつかり合い、両者大の字でリングに倒れる。


もちろんこれはある程度決まった流れであり、会場の空気に合わせて2人が言葉なくアドリブを合わせることで成立している、言わば無形の演武のようなもの。だがヘッドロックやドロップキックには殺気に近い冷たさもあり、試合そのものを現実と虚構の狭間に引きずり込んでいく。致命傷を避けつつも最大限の痛みを与え、素手での争いという原始的でありながら人類が進化した今では崇高なものに、人間と熊のぬいぐるみが戦うというふざけた世界観ながら最大限のリスペクトを感じさせる。


(美しい)


ナツカワとくまくまマスクのプロレスは、リージュの目にそう映った。



続く

■簡易キャラ紹介

くまくまマスク:アサクラ特注の着ぐるみ。く◯モン方式の作り方なので首が取れる心配はない。

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