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7/9

準備

「はいじゃあ、挨拶済んだら設営設営!」


ナツカワの手拍子に合わせて皆散り散り作業に入る。リージュは横目でアサクラの作業の様子を見る。着ぐるみであることを感じさせないテキパキとしたポールや板の運搬は、その寒冷地の小鳥めいた頭身も相まっても遠目ならややかわいくも思えた。だが、そんなアサクラのあの一言はリージュの心に引っかかっていた。


(人殺し、か)


当然リージュの世界でも意味のない殺人は罪として裁かれ、戦場という空間以外で許されることではなかった。戦士である以上敵国に敗北することは許されず、その過程で何人もの人間を爆散させてきた。魔法がろくに使えない人間が最低限の賞賛と報酬が保障された王国軍は学があまりなかったリージュにとって唯一の選択肢であり、そこで働くことに疑問などなかったはずが、アサクラの言葉が何故か沁みてくる。アサクラのそれは批判や糾弾とはまた違ったものなので不快感はさほどなかったが、平和にリングを組み立てている彼女たちを見ていると自分が異物であるような気がして死にたくなっていた。


「どうしたリージュ?」


目元がやや陰るリージュにダイチが背中を叩きつつ声をかける。


「いや、なんでも」

「まあお前も色々大変なことがあったんだろうけどさ、これからワタシたちはプロレスを見せなきゃいけないんだ。笑顔笑顔」


そういってダイチは自分の口角を引っ張りわざとらしい笑顔を作る。なんてことない軽いコミュニケーションの一環に過ぎないことだが助けられたような気がして、リージュはぎこちなくお礼を返した。


「ある程度ナツカワから話は聞いてるけど、ずいぶん大胆なことしてくれたんだからシャキッとしなさいね」

「すまない、気を付ける」

「そんな重苦しく考えないでいいって。今日はお年寄りたちに見せるんだから辛気臭い顔見せちゃ心配されちゃうよ」


病院の世話になっている老人を楽しませるための戦いと聞いて、リージュの脳には金と闘争本能だけが残された醜く哀れな老人たちが、女同士の殴り合いを枯れ果てた心を満たすためだけに観ている光景が浮かび、軽く頭を振ってその妄想を消した。


やがてリングと簡易的な座席、関係者のみが出入りできるテントが組まれ、あとは開始時間を待つのみとなった。更衣室ではリージュとアサクラ以外のメンバーが着替えを始める。


「あの、アサクラは着替えなくていいのか」

「ボクこれがコスだから」

「そうか……」


熊の着ぐるみを鎧と考えれば納得できなくもないが、煌びやかな水着のようでとてもこれから殴り合うとは思えない4人の軽装と比較するとアサクラの異様さが引き立つ。


「着ぐるみレスラーって今は結構いるけどくまくまマスクはだいぶ変わり種だもんね~」

「こんなだけどリージュも試合見ればすごさはわかるよ。いきなりのセコンド業務だけど、とりあえず試合が終わったらこの氷嚢がそこの冷蔵庫に入ってるからそれをまず負けた方に渡して、退場が済んだら勝った方にね。もし途中で試合を中断するレベルの怪我とかあったら私が対応するからそれに従う。いい?」


怪我をした選手のケアを行うのは当然だが、ナツカワの目には切り傷の一つすら許さないような覚悟が見て取れた。これから闘いだというのにさすがに手厚すぎないかと思うリージュだが、周りが一切異論を挟まないのでその疑問を胸に収めた。



日が傾き江戸川の水をたっぷり含んだ風が涼しく感じ始めた頃、リングの周りには老人と付き添いと思われる白衣の男女たちが集まってきた。


「はいじゃあ注目!今日はご老人がお客様だから、1試合目アサクラは過激な技は控えめで。〆はムーンサルトプレスで行こうか。2試合目はクドウで行くけど、流れは3人任せていい?」


試合の流れの確認。強烈な違和感がリージュを突き動かす。


「おいナツカワそれって……」


立ち上がったリージュの唇を、ナツカワの人差し指が軽くふさぐ。


「言いたいことはわかるよ。でもまずは百聞は一見に如かず。私を見てて」


テントの隙間から差し込む光がナツカワの表情のコントラストを高め、妙な色気を感じさせる。不覚にもリージュは胸の鼓動が早くなるのを感じた。

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