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集合

『それだけしか出せないって病気じゃないの?』


「うるさい……」


『軍人になれてなかったら自殺もんだよねあれ』


「黙れ……」


『魔力が低いから性格も暗いんだよあいつ』


「うるさい……!」


『かわいそうだよね』


「うるさいっ!」


そう叫んだ途端頭痛を伴う閃光が走り、リージュの意識が現実に引き戻される。それなりにふかふかした布団の感触にまだ慣れない。


「夢か……」


久しぶりの飲酒に脳が嫌悪したかのような悪夢は布団を握りしめ現実にいることを理解しながらも生々しさに心臓の鼓動が早まる。それと同時に昨夜のある意味忌々しい思い出も鮮明に蘇ってきた。


「うわああああ!?」


酒が入っていたとはいえ尋常ではない素行の悪さは間違いなくリージュの意志。自分の奥底にあんな感情と行動力があったことに、リージュは悪夢よりも絶望し布団に顔を埋め悶えた。


「リージュ?」

「ギャッ!殺せ!」

「ああ、まあ……」


ナツカワの咎めるつもりはないものの、笑顔とも困惑ともつかない複雑な表情がリージュの心をさらに追い込む。


「反省はしている。覚悟もできている。なんでもする」

「気にしなくていいよ、あれはタグチも悪いんだし。それより二日酔いは大丈夫?」

「フツカ……いや、酔いならもう覚めてる」

「じゃあ朝ご飯食べたらさっそく機材の運搬いくよ」

「もう全部私に任せてくれ」

「だから気にしなくていいって……」


ナツカワに用意してもらった朝ご飯を食べながら、リージュはテレビに釘付けになっていた。初めてこの家に来た時から気になっていたもので、当然リージュのいたところにこのようなものは存在しない。


『現在東京の天気は快晴、この後も雲一つないような空が続くでしょう』

「よかったね、絶好の野外プロレス日和だ」

「ああ」


心無い返事をしたまま視線はテレビに集中する。その箱の中に映し出されている情報は天気や事件など、近辺で発生している日常の情報を伝えているものだということはわかった。だがその情報の中に意味不明な言葉こそあれど、王国に関するものが一つもない。それどころか戦時中であることすら感じさせないほのぼのとしたものばかり。


(これなんか犬と人間が遊んでるだけじゃないか)


どれだけ理解を拒んでも突き付けられる異世界という事実とその証拠。大海に捨てられた小石のリージュだが、その気分は以前ほど闇に包まれたものではなかった。少なくともある程度の言葉が通じ、今はナツカワという保護者がいる。タグチやクドウはろくに魔法が使えないからといって対応を変えたりしてこない。


(もし、このままここで生活できるなら、普通の暮らしを送ることが許されるんじゃないか?)


ナツカワの庇護下だからこそ生まれた甘い考えであることは自覚しているが、悪夢になるほどへばりついている過去の思い出は否応なく楽な方向へ思考を進ませる。


「そろそろ行くよ!」

「え、ああ待て」


フォークで米と野菜を口にかき込み、頬を膨らませながらリージュはナツカワの後を追う。


倉庫に着いた2人は、車に次々機材を積み込んでいく。途中でタグチとクドウが加わり早々に運搬準備を終わらせた一行はその車に乗り込み現場に向かう。魔力の気配もなく動く車というものにリージュは少し驚いたが、乗ってみるとその快適さでさらに驚いた。


(魔木馬とは比べ物にならんな……これがあればあの時腰を痛めて余計な傷を増やすこともなかっただろうに)

「ねえリージュ、体調大丈夫?」


横に座っていたタグチに声をかけられ一瞬強張る。


「問題ない。ただ昨日は、すまなかった。クドウにも迷惑かけた」

「いや、自分はそんなことないですよ」

「面白かったもんねー。クドウさんにあんな喧嘩の売り方する人初めて見たよ」

「喧嘩ではない、ただ、なんかそういう気分になってしまって……」


口角を上げてにやつくタグチの表情は新しいオモチャを見つけた悪い大人のそれで、リージュは一言言ってやりたかったが墓穴を掘りそうな気がしてやめた。ナツカワに腕相撲を挑んで以降の記憶がさっぱり消えている以上、そこにどんな爆弾が眠っているかわからない。他の2人が温く流してくれているのでそこまでのことではないと思いながらも、タグチの訳知り顔を見ているとリージュは気が気でなかった。


「タグチも反省!そもそもあなたがリージュをペースに巻き込んだのもあるでしょ」

「は~い」


とても反省しているようには見えないタグチを放置し、リージュは車の外に目を向ける。知っているものと知らないものが入り混じるこの奇妙な世界を改めて見ていると、現実感が薄れ白昼夢の中を旅しているような、ふわふわした気分になる。そのまま泥に沈みそうだった意識は、止まる慣性で揺れるやや不快なリズムで覚醒させられ、数テンポ遅れて車を降りる。


「お待たせ、アサクラ、ダイチ」


ナツカワが手を振る先に1人の女性と、少し背の高い熊のぬいぐるみのようなものがいた。


「お疲れ様ですナツカワさん。その人は?」

「新人。ほら、リージュ」

「私はリージュ。ナツカワの世話になっている」

「な、なんかすごい堂々としてる子ですね……」

「色々あるんだよ。悪い子じゃないから安心して」

「確かに身体付きはすごくいいけど……」


ダイチの横に立つぬいぐるみとリージュの目が合う。隙間から漏れる呼吸音と、丸く黒い布地の奥にうっすら見える瞳。先ほどナツカワが「アサクラ」「ダイチ」と2人の名を呼んでいた以上どちらかがこのぬいぐるみの中身だが、果たしてマトモな挨拶が通じる相手なのかリージュは測りかねていた。


「あの、ナツカワ、この熊さんは」

「ああ。初めてだとやっぱ気になるよね。こいつがアサクラ、リングネームはくまくまマスクだよ」

「ああ……よろしく」


頭を下げた視線の先にファンタスティックな熊の手が伸びてくる。ぎょっとしてリージュはアサクラに視線を戻す。


「ん」


求めるように腕を何度か前後させる動きを見て、ようやくアサクラが握手を求めていることに気付くリージュ。ぬいぐるみ相手の加減がわからなかったリージュは少し強めに握る。


「すっご、人殺してるでしょこの握力、惚れる」


アサクラは唐突にリージュの腹筋めがけ抱き着き、猫が甘えるように頬をすりつける。


「本物じゃん……最高」


腹筋を愛でながら悦に浸る熊のぬいぐるみ。未知の恐怖に全身が硬直したリージュはなんとか動いてくれた指でナツカワに助けを求めるジェスチャーを出す。


「ごめんね、アサクラこんなだけどプロレスは本当上手いから」


全く答えになっていない返答に、リージュはウインダム王国に帰る気が少し起きた。

■簡易キャラ紹介

ダイチ・テツコ:クドウのライバル役。ナツカワよりちょい年下くらいだが、童顔なせいでその手のファンが多いのが悩み。165cm。筋肉質。


アサクラ・ココロ:日常生活に支障がない程度に気が狂ってる。170cm。不明。

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