1話 千年後の平穏、転生魔人の決意
投稿初日のため、少し間を開けて3話投稿します。
2話目です。
楽しんでいただけたら幸いです
転生してから十年後、エイジは家族とともに食卓を囲んでいた。
既に日は落ち、室内は暖かな光で照らされていた。
「うん、おいしい!」
エイジは母が作った肉団子を一口食んで言った。溢れ出す肉汁と、甘辛いタレが合わさったそれはまさに絶品だった。
その言葉を聞き、エイジの隣に座る大柄で短髪の少年が、エイジの皿に肉団子を載せた。
「おい、エイジ。もっと食え。もっと食ってデッカい男になるんだぞ」
「ワンズ兄さん、それ僕のだよ。自分のあげなよ」
大柄な少年――エイジの長兄であるワンズは、自分の体面に座る少し小柄な少年に、手にしていたフォークを向けた。
「おい、ニコ。弟に大きくなって欲しくないのかよ」
少し小柄な少年――エイジの次兄であるニコは、少したじろぐと唇を尖らせた。
「そりゃ、大きくなって欲しいけどさ。それとこれとは話が別だろ」
やいのやいのと言い合いを始める少年たちを見て、エイジの斜め前に座っていた少女は呆れたようにため息を吐いた。
「アンタたち、エイジの前で下らない喧嘩しないの。エイジ、私のもあげるわ。それに、こうすれば解決でしょ?」
少女は、自分の肉団子をエイジの皿に載せると、次にワンズとニコの皿から一つずつ肉団子を取り、自分の皿に載せた。その様子を見て、再びワンズとニコは騒ぎ出す。
「あ、トロワ! 俺の肉団子を!」
「そりゃないよ、トロワ姉さん。そんなに食べたら太るよ」
「何ですってぇ!」
少女、一家の長女であるトロワは隣に座るニコの言葉が気に障ったのか、ニコの首に腕を回して固定し、頭をぐりぐりし始めた。
「トロワ姉さん、痛い痛い!」
「私が受けた心の傷はこんなもんじゃないわよ!」
騒ぎを聞きつけたのか、台所から一家の母親であるマリーが現れた。子供たちの――特にエイジを甘やかすタイプの騒ぎは毎日のことだったため、追加で料理を取りに行っていたのだ。マリーは山盛りの肉団子が載った大皿を、テーブルに置いた。
「はいはい、喧嘩しない。まだまだありますからね」
それを見て、エイジを含めた子供たち全員が歓声を上げた。
「「「「やったあ!」」」」
エイジは、沢山の肉団子が載った自分の取り皿を見た後、兄姉たちにお礼を言った。
「ワンズ兄さん、ニコ兄さん、トロワ姉さん、ありがとう」
兄姉たちは、いいんだよ、いいのよ、と照れくさそうに笑いながら追加された肉団子をつまんでいく。
その様子を見て、一家の父親であるアランは笑った。
「ははは! 仲がいいのはいいことだ。ああ、それにしてもこの肉団子は本当においしいよ、マリー」
「ありがとう、アラン」
父母が若干いちゃつき始めたため、子供たちは別の話題に移ることにした 。ワンズがエイジに向かって言った。
「おい、エイジ。飯食い終わったら、魔法盤戯で使う駒、新しく作ってくれないか?」
魔法盤戯――それは木や石などで作成された駒を、魔法が付与された盤上で戦わせるゲームのことだ。作成された駒の完成度に比例して駒の強さも決まるため、より精巧な駒が求められる。
ワンズの言葉に、ニコが口をはさんだ。
「あ! ずるいよワンズ兄さん。僕も頼もうと思ってたのに! この前も作ってもらってたじゃないか。たまには自分で作ってみたら?」
「こういうのは早い者勝ちだ。それに、俺の不器用さは知ってるだろ?」
ニコは、まあね、と言いながらエイジに向かって両手を合わせた。
「エイジ、ワンズ兄さんの分が終わったら、僕のも作ってくれないか?」
「大人気だな、エイジ。しかし、そんなにエイジの駒はすごいのか?」
アランはニコに尋ねた。アランも少年時代、魔法盤戯にはハマったクチであり、勉強や仕事の手伝いそっちのけで材料集めや駒づくりにいそしんだものである。それだけに、エイジが作る駒に興味を持っていた。
ニコはもちろんさ、と少し興奮したように言った。
「エイジは手先が器用なんだ。それに、道具の扱いや材料の選び方だって、年上の子たちよりも上手なんだ。エイジ以上にすごい駒を作れる子は、この荘にはいないよ」
アランはニコの言葉に驚いた後、エイジに頼んだ。
「そんなにすごいのか。エイジ、後でちょっと見せてくれ」
それまで黙っていたトロワが割って入った。
「手先だけじゃなくて、エイジは頭もいいのよ、父さん。計算も敬語も、もう少ししたら追い抜かれちゃうんじゃないかってくらい」
「ハハハ! そうなのか!」
アランは上機嫌にエイジの頭を撫でた。ワンズたち兄姉は、その様子を自分のことのように誇らしそうに見ていた。
あ、そうだ、とトロワは思い出したようにワンズとニコを見た。
「アンタたち、明日も早いんでしょ? ほどほどにしときなさいよ」
ワンズとニコは、逆に心配するようにトロワに言った。
「姉さんこそ、明日試験なんだろ? 勉強大丈夫なのかよ」
「当たり前でしょ? 私はエイジが自慢できるようなお姉ちゃんになるんだから」
胸を張るトロワ。その言葉に、ワンズとニコは言い返した。
「俺たちだって、自慢の兄ちゃんになるために頑張ってるんだ。なぁ、ニコ」
ニコは大きくうなずいた。
「ああ、もちろん」
その様子を見ていたエイジは、微笑んで言った。
「兄さんたちも姉さんも、俺にとっては最高の兄姉だよ」
その言葉を聞き、感極まったように兄姉たちは食卓に身を乗り出してエイジに抱き着こうとした。
「「「エイジぃぃぃぃ!」」」
「わぷ!」
三方向からの密着に、若干押しつぶされるエイジを見かねて、マリーが軽く手を叩いた。
「こらこら、まだ食事中よ? あなたたち、エイジ困ってるでしょ? 食べてからにしなさい」
マリーの言葉に、しぶしぶエイジから離れる兄姉たち。エイジは苦笑した。
その後も、穏やかだが賑やかな食事は続いた。
●
夕食後、一家はリビングで団らんしていた。食事使っていたテーブルではトロワが勉強しており、少し離れた小さなテーブルでは、ワンズとニコが魔法盤戯をしていた。
アランとマリーは、家の仕事を二人で早めに済ませて晩酌をしていた。
エイジは、魔法盤戯で使う駒を作りながら、その様子を幸せそうに見つめていた。エイジたちが命を懸けて守りたかったものが、そこにあったからだ。
幸福を感じながら、しかし、まさか千年も人類史が続いているとは、とエイジは当時の驚愕を思い返した。
エイジたちが深淵の獣を封印してから千年もの月日が流れていたのだ。それに、エイジは帝国が未だに存続していることにも驚いていた。千年前は深淵の獣により、辛うじて国家という体裁を保っているだけだったが、よくぞここまで持ち直したものだと感心していた。
エイジたち一家が暮らしているのは帝国のヴァリエンテ領に点在するいくつかの荘園の一つである。千年前には名前を聞いたことがない領地であるため、おそらくはこの千年のどこかで興ったのだろうと推測していた。適度に栄えた地方領地というのが、このヴァリエンテ領に対するエイジの見立てである。一家はこの荘園で、先祖代々の畑を維持しつつ、年長の子供たちは私塾に通っていた。
安住の地、平穏な家庭、優しい家族。前世の自分が心の底から望んでいたものの全てが、ここにはあった。エイジは、この幸せを目一杯享受しようと心に決めていた。
それと同時に、この幸せを守るために、力を取り戻す必要があると考えていた。エイジが転生した以上、深淵の獣の封印が解けかけている、或いは復活しようとしているということである。
かつての英雄たちはもういない。この時代の戦力を把握し、必要なら早急に力を取り戻す必要がある。そして、できれば今の生活を崩さずに穏便に、秘密裏に対処したい。
「魔剣があればなあ……」
エイジは一人呟いた。エイジは、千年の時の中でエイジたちの活躍がおとぎ話程度になってしまったように、魔剣もまた、歴史の闇に葬り去られてしまったのだろうと考えていた。しかし、
「ん? なんだエイジ。魔剣に興味があるのか?」
「うん、僕の名前のもとになった英雄って、魔剣を使ってたんでしょ? どんなものか、一目見てみたかったなあって」
アランは、エイジの言葉に笑った。そして、エイジの頭をなでながら言った。
「もしもエイジが、お貴族様に取り立てられるほどの活躍をすれば、皇帝陛下から授けられるかもしれないな」
アランの言葉に、エイジは手に持っていた駒を取り落とした。そして、エイジはぽつりと呟いた。
「え。まだ残ってたの?」
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