7.腹立たしい喜劇
「……そうだ。斥候役の男は、我々を逃がすための囮となって死んでくれた。……不可抗力とは言え、尊い犠牲を払う事になった」
「神は彼の者の殉教を、必ずや嘉し給うでしょう」
こっそりと二階から降りてきて表の様子を窺ってると、「勇者」と「聖女」がそんな事を宣ってんのが聞こえてきた。おりゃ、思わずギルマスと顔を見合わせたね。
「彼が……そうですか。……非常に残念です……」
悲嘆の念を堪えるみてぇに俯いて、震えがちな声でそう応対してるサブマスは、ついさっき俺と陽気に挨拶を交わしたばかりなんだがな。……あの震えは、悲しみじゃなくて笑いを堪えてんのか。
(「……冒険者ども、皆俯いて肩を震わせてるな……」)
(「……必死に笑いを堪えてんでしょうねぇ……腹筋を傷めなきゃいいんだが……」)
「彼は最期まで立派だった。……笑顔で我々を見送ってくれた」
「冒険者の生き様死に様というものを、教えてもらった気がします」
「勇者」と「聖女」に続いて、いけしゃあしゃあとそんな台詞をほざいてんのは、「聖騎士」と「聖魔術師」の小僧どもだった。もうこうなってくると、怒るべきか呆れるべきか、はたまた笑うべきか判んねぇな。……俺以外の連中は〝笑う〟一択だったみてぇだが。
(「おぃおぃ……ジェイドの野郎、とうとうテーブルに突っ伏しちまったぜ」)
(「……テーブルが派手に揺れてますね。……引っ繰り返したりしねぇといいんだが……」)
「惜しい者を無くしました……」
「ギルドとしても残念です……」
あ……受付のミリアのやつ、とうとう奥に駆け込んじまった……
(「……奥で存分に笑い転げるつもりだな……」)
(「声が漏れなきゃいいんですけどね……」)
(「に、しても……ヴェノンのやつは思った以上の役者だな。……ま、そうでなきゃ冒険者ギルドのサブマスターなんざ務まらんか」)
(「サブマス、さっきからチラチラとこっちに目を遣ってますよ? ギルマスのお出ましを待ってるんじゃ?」)
そのギルマスは俺の方を妙な目で見たかと思うと、これまた妙な事を言い出した。
(「……正直なところ、お前はどうなんだ?」)
(「どう……って、何がです?」)
(「ここまで虚仮にされた以上、冒険者ギルドとしてもきっちりけじめはつけなきゃなんねぇ。そう思っていたんだが……」)
これが冒険者どうしのいざこざだってんなら、ギルドもここまで目くじら立てたりしなかったんだろうが……悪い事に、やつらは「教会」の「勇者」だったからな。ギルドとしても、ここで引くわけにゃいかねぇわな。下手すりゃあ、ギルドが教会の下だって事になっちまう。舐められるわけにゃいかねぇってんで、全面対決の構図になっちまったんだが……
(「あ~……けじめの前に、あっちが盛大に自爆しましたからねぇ……今更真面目に取り合っちまうと、こっちまで同じ程度に見られちまいますか……」)
(「そういうこった。ギルドが表立って文句を付けなくても、やつらがやった事ぁギルドの全員に広まった。ここで殊更騒ぎ立てなくても……」)
(「単にこの件を内密に伝えるだけで、ギルドの意向は確りと示せる。だとしたら、事を表沙汰にして面倒を起こす必要は無い――ってとこですか?」)
(「……さすがだな。駆け出しのくせして確りと筋立てが読めてるじゃねぇか。で? お前の考えとしちゃどうなんだ? ギルドとしても、被害者の意向を無視するような真似はできねぇからな」)
ギルドってなぁそこまで殊勝なもんかねぇ……
だがまぁ、
(「俺としちゃあ、益体も無ぇ騒ぎに巻き込まれんなぁ御免ですね。騒ぎ立てたって、金利教のやつらの敵意が俺に向くだけのこってしょう? こちとらにゃ何の得もありませんや」)
(「じゃあ、この件は表沙汰にしねぇって事でいいんだな?」)
(「ただまぁ、やつらのやらかしについちゃ、しっかりと情報の共有をお願ぇしてぇところですけどね」)
(「言われるまでも無ぇ。ギルドってなぁそのためにあるんだ」)
――て事で、この一件はそれで終わったわけよ。ま、それ以来あの連中と金利教は、冒険者たちから総スカンを喰っちまってるわけだがな。
で、その後の俺の身の振り方なんだがな……四バカどもに面が割れてる以上、やつらとかち合う危険は冒せねぇ。況して、パーティメンバーに迷惑かけるような真似はできるわけがねぇ。
――俺がソロでやってきた理由が判ったかぃ?
これにて一巻の終わりです。お付き合い戴き、ありがとうございました。
いずれまた、このシリーズの別作品でお目にかかれる事を願って。




