ヨワネ
雨の中、洞窟に身を潜めるアキたちの前に、一人の男が現れた。顔を黒く塗り、紙は赤く染めてた。小柄で、きゃしゃな姿は、どうみても追っ手には見えない。
「だれかおるのか?」
男は、恐る恐る中に入ってきた。洞窟のなかには白い灰がしかれほのかに暖かい。
「何者だ。」
アキは入り口に背を向けたまま、背後の男にたずねる。
「わしは、エトリアのヨワネ。薬草を取りに来たが、この雨で道に迷った。しばらく、ここで休みたい。」
男は丁寧に答えた。
「エトリアといえば、・・・このロウムの隣。・・・密入国は死刑だ。」
アキは、ヨワネに背を向けたままだった。少々息が荒い。
「どうした、具合でもわるいのか?」
ヨワネは、アキの前に回りこんだ。額からは玉のような汗が流れ、苦しそうに口元がゆがんでいた。
「熱があるんじゃないか?」
彼は、アキの額に手を当てた。熱い。39度はあろうか。
「わしは、術士。今、薬草をせんじてやるから、横になって待っておれ。」
ヨワネは布を袋の中の水で湿らすと、アキの額にあてた。それから、別の袋から乾燥した植物の葉や根を取り出し石ですり潰すと、小さな器に入れた水とともに外で起こした火にかけた。
「これを、飲め。」
彼はアキの口に、その苦い水を流し込む。アキにはすでに疑う気力も、吐き出す体力もなくなっていた。そして、そのまま静かに横になった。
一昼夜たったころ、彼はようやく目を開けた。雨はあがり、すがすがしい空気が洞窟の中を流れていた。
「おう、目が覚めたか。」
ヨワネがアキに声をかけた。
「足に毒虫にさされた後があった。おそらく、それで熱がでたのだろう。薬草をぬったので、まもなく腫れもひくだろう。」
アキは彼がきたときのことは覚えていなかった。しかし、彼が追っ手でないことは解った。
「ありがとう。おかげで助かった。」
「いや、わしこそ、雨宿りさせてもろうた礼じゃ。」
二人は互いに笑った。
「腹が減ったろう。麦汁がちょうどできたとこだ。」
ヨワネは表で煮ていた鍋の中からスープを器によそってきた。
「ところで、その奥におるでかいものはなんじゃ。」
ヨワネは洞窟の奥でじっとしている巨体についてたずねた。
「あれは、おれの仲間だ。心配ない。危害を加えなければ人は襲わない。」
アキが答えづらそうなので、ヨワネもそれ以上聞こうとはしなかった。