皇帝
やがて皇帝エイブラハムが都に戻ってきた。沿道は、彼を出迎える民衆で埋め尽くされていた。
「難儀なことだ。なんでわしらが、仕事を休んで出迎えにゃならんというのだ。」
農夫だろうか。杖をつき、泥まみれの服の老人がボソッとつぶやいた。
「めったなこと、いうもんでねえ。誰かにきかれたら、牢屋いきになるぞ。役人の耳に入って、死刑になったやつも多数おる。」
横ににいた若者が老人をたしなめる。
皇帝は石畳の上を、馬車に揺られながら街へと入ってきた。
「皇帝、万歳!」
人々は、手に手に小旗をかかげ、皇帝の帰還を祝った。
「見慣れぬ旗だな。」
皇帝はいぶかしげに脇にいる役人に尋ねる。
「はっ。あれは、建国50年を祝う小旗にございます。市民から公募しました結果、決まりました。」
役人は自慢げに説明をした。
「気に入らんな。早急に作り直せ。」
彼は、予期せぬ皇帝の言葉に自分の耳を疑った。
「それでは時間が。」
「出がけに、わしの知り合いに命じたデザインはどうした。」
「はい。あれは街の酒屋の看板に似ているというので取りやめになりました。」
役人は皇帝に、小声で恐る恐るふるえながら答えた。
「その酒屋は、今日で店じまいだ。問題あるまい。」
役人は、彼の言葉の意味するところをすぐに理解した。
「国外の要人がくるというのに、この道は、国の首都のメイン通りとしては狭いな。早急に倍に広げよ。」
沿道の人々に手を振りながら、皇帝は同行する別の役人に命じた。
「それでは、市民どもに説明をし、立ち退きの計画を立てましょう。」
「それでは、遅い。」
皇帝は、役人たちを一喝した。
「今日中に立ち退かせよ。」
「おそれながら、それでは市民が納得しません。」
役人たちは首をたれたまま恐る恐る進言をした。
「納得?何を言っておる。ここは、今夜、大火事になり、一帯は焼け野原になる。」
役人は皇帝の残虐さに恐れおののきながら口を閉ざした。
城に戻った彼が、最初に聞いた報告が、アキと死獣が逃げたことだった。彼は激怒した。
「すぐに追っ手を放て。名だたる剣闘士に伝えよ。市民でも奴隷でもかまわん。反逆者を打ち取ったものには、望みの褒美を与えよう。」