脱獄
石の隙間からわずかに漏れ入るまばゆい光に、目覚めると、ハデスの気配がなくなっていた。
「まさか、今日も試合か?」
だが、外は静かだ。
その時、さらに入ったパンとわずかなスープを持った看守が入ってきた。
「ほれ、最後の食事だ。おまえは、今日、皇帝への反逆の罪で処刑される。」
男がそういい終わると同時に、ドサッというなにかが倒れる音がした。
「誰だ。」
アキは静かに動く人の気配を感じた。
「しっ。今、助けてやる。」
揺らめく炎とともに、しゃがれた男の声がした。
「わし、宰相エダ。戦いの勝者であるお主を処刑するなど、この国の者として恥ずかしい限りだ。」
老人は、鍵束の中からアキの足かせの鍵を探し出し、
「あいつはかわってしまった。(Abe)エイブは、もともとは臆病な少年だったが、弁がたった。やつは言葉たくみに宰相になると、次々と法を変えていった。やがて軍をつくり、隣国への侵略を始めた。階級を作り、奴隷を集めた。この国の民を怨まないでおくれ。元は平和を愛し、勤勉で、異国の者とも平等に接していたのだ。それが、やつによって、まるで熱病にかかったかのように、娯楽を求め、すっかり堕落してしまった。やつは、巨大な権力を手にし、いつしか皇帝などと名乗るようになってしまった。今では、自分が神にでもなったと思うておるのかもしれん。もはや、誰も手がつけれぬ。」
と、エダは悲しそうに語った。
「やつは、ハデスはどうしました。」
アキはエダにつめ入るように、早口にたずねた。
「やつは、敗者だ。他の剣闘士たちによって、なぶりごろされた。今頃は、神官たちによって復活を始めておるじゃろう。」
「わたしは、あいつを逃がしたい。」
アキの必死の訴えに、宰相は首を横に振った。
「やつは、契約の鎖によってつながれておる。人には見えぬし、剣でも断ち切ることはできない。鎖は、生まれ変わると同時に神官たちによってつけられる。今朝、エイブは国の視察に出た。逃げるなら警備の手薄な今しかないぞ。」
宰相の言葉をじっと聴いていたアキは、ゆっくりと口を開いた。
「ならば、生まれ変わった直後であれば、にげられるということか?」
「そうじゃが、やつは鳥の雛のようなものじゃ。産まれてすぐに見たものを親と思いついていく。逃げるなど考えもしない。」
「案内してくれ。やれるだけやってみる。今しなければ、一生後悔する。」
アキの熱意に負けたのか、エダは復活の儀式を行っている神殿へとアキを連れて行った。宰相が見慣れぬ奴隷を連れていても誰も疑うものはいなかった。