手紙
獣は鎖につながれ、口にはクツワをはめたまま、ロウムの神官のもとに運ばれた。神官長は獣を見るなり
「おろかもの!」
兵士達を一喝した。それは、死獣ではなく単なる黒い野生の熊だった。
「うまくいったな。」
団長はアキとハデスをエトリアの国境に連れて行くと別れを告げた。
「ロウムでは興行ができなくるのでは?」
例え一夜限りの再会でも嬉しいはずなのに、アキの心は重かった。ロウムを欺いたのだ。ただで済むはずが無い。サーカス団の行く末が気がかりだった。
「なあに、この辺りでの仕事もそろそろ減ってきた。われわれはこの大陸の東の果てまでいくつもりだ。そこにはまだサーカスを見たことのない子供たちも多い。」
そういって、団長は揚々ともどっていった。
すでにエトリア人となっているアキは、国内にいるかぎり安全だった。ヨワネたちもエトリアにもどっていた。ハデスはエトリアの北の山岳地帯に向かった。
「おれは、目立ちすぎる。しばらくは、山で暮らす。」
そういい残して、彼は一匹で万年雪の残る峰へと消えていった。
それから十年。ロウムはさらに周囲の国々を取り込み巨大になった。まず、キリシエが併合された。キリシエ軍は旧首都マケナイにろう城したが、やがて物資も底をつき、投降した。キリシエ陥落の一報が入ると、周辺諸国は戦うことなくロウムの属国となっていった。
そんな中、エトリアだけは周囲の山脈に守られ独立を保っていた。しかし、ロウムの港は閉鎖され、交易で潤っていたころのエトリアは今では見る影もなかった。
アキはロウムとキリシエの言葉をたくみに使い、通訳をして暮らした。交易の減少にともない通訳の仕事も減った。ロウムに追われる彼にとって、いつ正体がばれるかもしれない外交の仕事はしたくなかった。
サーカス団からはたまに手紙が来る。そこには人々が昔ながら農耕で穏やか暮らし、貴族も平民も奴隷もない平等な社会がつづられていた。戦いで文字を覚える機会に恵まれなかった彼は、ヨワネたちに読んでもらいながら、はるか東方の異国の地への思いをつのらせていった。




