交渉
いくら将軍の決定とはいえ、キリシエの一議員のレニホには荷が重い。一方、ロウムはタケサリヌスを団長とする交渉団が結成された。交渉は、ロウムの南の海に浮かぶクレイカ島で行われた。クレイカはどの国にも属さない小さな猟師の集落で、貿易の中継地として要の位置にあったため、クレイカを統治したものが一帯の貿易を牛耳るといわれ、クレイカ軍を中心とした多国籍軍によって守られていた。
「そのような内容でほんとうにいいのですか?」
ロウムの交渉団は疑心暗鬼だった。
「これからは、武力よりも商業の時代です。われわれとしては、賠償金よりも交易を盛んにすることで、将来の繁栄を望んでいます。海のないエトリアは高い山脈に覆われて、陸からの便もわるい。そこで、ロウムの港を使えれば、大陸の多くの国との交易が、円滑になると考えております。」
レニホは正直に思うところを話した。
「問題は、独占的に交易を行ってきた、商人たちが納得するかだな。」
タケサリヌスは、他のメンバーに意見を求めた。
「何か代わりになる特権をあたえてはどうかな。」
「いや、それでは、他の連中がだまってはいない。」
「特産品の交易をまかせてはどうかな。」
「それでは、自由貿易とはいえまい。」
「そもそも敗戦したわれわれに選択の自由があるのか?」
「敗戦したのは軍であって、商人に責任はなかろう。」
話は、なかなかまとまらない。
「どいつも責任感のないやつらじゃ。もう、いい。それは国内の問題じゃ。」
タケサリヌスはレニホのほうを向き直すと、
「いや、おはずかしい。困った奴らで、恥ずかしい限りですじゃ。」
と、苦笑いしながら言った。
「いえ、こちらも似たようなものです。」
彼女も笑った。両国の協議は、なごやかな雰囲気ですすんだ。
「ところで、そなたの父上は残念じゃったな。責任逃れするわけじゃないが、わしが遠征中に投獄されて死んでしまった。いいわけではないが、皇帝は私欲で父親を殺害しようとしたわけではない。苦しむ父親を見て、安楽死させたいと考えたようだ。どちらが正しいかは、だれにも決められぬ。ただ、両者の信念が異なったことが不幸だった。折角じゃ、何か個人的にでも望みがあればいってみるがいい。」
交渉の最後に、タケサリヌスが付け加えた。
「ならば、父の弟子達の復権をお願いしたい。」
「宰相に話してみよう。ところで、代わりといっては難だが、わしの弟子は健在かな?」
「弟子とは?」
わけがわからず、いぶかるレニホに彼はアキレタのことを尋ねた。
「そのものなら、元気です。今は、キリシエの軍事顧問に直々に剣を教わっております。」
それを聞いて、タケサリヌスは安心したようだった。
「一度押された反逆者としての烙印は、変えられからな。このまま逃亡者の身であれば、いつ引き渡しを要求されるやもしれん。可能であれば、エトリアの市民にしてやってくれ。あれには、もう帰るべき祖国がないのだ。」
「では、わたしの養子ということにしましょう。そうすれば、階級は低いですが市民としての資格が得られるでしょう。」
レニホはにっこりと笑った。




