人選
「エイブラハム皇帝。サムマルクスの処遇はいかがなさいましょう。」
神官長ジョフカは、神官たちを処刑した彼を許すなど気が収まらなかった。
「すておけ。いまやつに手をだせば、国民の反感を買う。やつめ、負けてなお英雄づらするとは。これでは、まるで凱旋ではないか。悪知恵の働くやつよ。」
皇帝もサムマルクスが率いてくる軍隊の帰還を、ただ苦々しく見ているしかなかった。
今回の戦いに勝利したエトリアは、ロウムに対してどのような請求をするか悩んでいた。このころは、戦勝国は相手に金銭や領土などを要求して和解するのが常だった。
「勝ったとはいえ、遺恨をのこすより、互いの信頼を強めるほうが得策じゃな。」
ミックの進言は最もだった。強い軍隊をもっているが、弱小のエトリアにとっては、周辺諸国からの脅威は減っていない。むしろロウムに勝ったことで、より増えたといってよいだろう。
戦士としては優秀なエトリア人であったが、キリシエと違い、政治についての知識は乏しかった。
「誰か良い考えはないのか?あれば、身分、階級にかかわらず聞くぞ。」
ミックの言葉に、マテイが恐る恐る口を開いた。
「ロウムと同盟を結ばれてはいかがでしょう。そうすれば周辺諸国へのけん制となります。これにより軍縮できます。さらに、海のないエトリアにとって、広大なロウムの各地の港を開港させ、エトリアが自由に交易ができるようにさせましょう。貿易が盛んになれば、両国ともに潤います。多額の賠償金を請求は、ロウムの経済を縮小させ、ひいては交易も減少し、エトリア経済も低迷することになります。」
算術にたけた彼は、開港と自由貿易の重要性を説いた。
「ならば、関税をわれらで決められるように制限してはどうか。そのほうが、利益があがる。」
「それこそエトリアへの不満が高まるだろう。不平等な条約は、いつかエトリアを亡ぼすことになる。」
喧々諤々、階級を超えた議論が始まった。ミックは微笑みながらその様子を見ていた。
「意見はでそろったな。」
ひと段落ついたころ、彼は議論をさえぎった。
「さて、交渉を誰にさせたものか。」
ミックは周囲をぐるっと見回す。
「やはり、それなりの地位のあるものにさせるべきでしょう。」
将校の一人が意見を述べる。
「いや、両国の事情よく理解しているものでなければ、交渉は成立しない。人選で楽をすれば、苦労する。こういう時こそ、人選に勇気が必要だ。」
「最適な者がいるではないか。レニホ。おまえにまかせよう。」
将軍は、ためらうことなく言葉を発した。
「いけません。あのものは、エトリアとロウムの二重国籍。信用なりません。」
議員でもある大将の一人が異議をとなえた。
「だまらっしゃい。」
ミックが一喝する。
「両国の国籍を持つからこそ、ふさわしい仕事だとは思わんか?」




