幻の軍
異様な香りが、街中にひろがる。海からの風にのって、ロウムの神官がたく、香の強烈な匂いが
流れてくる。
「この香りには幻覚作用があります。必ず、風上から兵を進めるように。」
神官たちを先頭に、ロウムの兵が徐々に城へと近づいてくる。アテナイは港に近いため交易によって栄え、それにともない首都機能を移転した都市である。人口が膨れ上がるにしたがい、防塞機能は低下していた。
煙を吸った、街の人々は次々と意識を失った。やがて、香りが消えると、かれらはゆっくりと起き上がる。
「ドン、ドン、ドン。」
ロウム軍の太鼓の音に引かれるように、彼らは通りに出た。そして、ゆっくりと城の方へと歩みを進めた。人の盾。幻覚により人々は敵味方の区別がつかなくり、太鼓の音色に引かれながらついていく。
城では、跳ね橋を上げ、城門を固く閉ざす。
「敵は、わが市民を盾に、堀の前に集結しております。」
門番の報告が入った。その異様な光景は城の上からも十分に見て取れた。
「ここにいては危険です。一旦、旧首都であるマケナイに退きましょう。あそこなら崖の上にあります。簡単には攻め込むことはできないでしょう。」
「市民を置いて逃げろというのか?」
司令室の中央にいる将軍は悩んでいた。
「なんと、卑劣な連中だ。やつらに誇りというものはないのか。」
兵士たちも憤りを感じていた。
「マケナイに行こう。」
そう将軍が言いかけたときだった。急に敵の隊列が崩れ始めた。
「敵が後ろから攻めてきました。」
ロウム軍の後ろから、強烈な香りが流れた。レニホとシバクだった。彼女らが、大量のハープをまき散らしていた。それは、あたかも戦いの女神が降臨したかに見えた。強烈なミント臭にまじり、いくつかの草花の香りが一帯に漂う。せき込む人々。その音で、太鼓の音がかき消される。
その混乱した人々の上空を一匹の熊が飛んでいた。鹿の足で駆け、わしの翼で舞いながら城の中へと入っていった。その姿を見た神官たちは
「死獣ハデス。」
と叫びながら逃げていく。
ハデスが生きていることを知られては、サムマルクの嘘がばれてしまう。彼は、逃げかえった神官を一人残らず処刑した。




