勝者
勝敗は決した。奴隷が勝った。
「殺せ!殺せ!」
観衆の声が、巨大な波となって、コロッセオを包み込む。
アキはためらった。
「何をためらう。われは負けたのだ。我を討ち取って名声を手にするがいい。」
獣はうめくように言った。
「くだらん。人の評価など常に変わる。皇帝のために人を殺せば英雄。だが、己の家族のために戦えば反逆者だ。」
アキは剣を降ろすと、獣にやさしく語った。
「では、なぜお前はここにいる。この血塗られた戦場に。」
「死ぬのは簡単だ。だが、それでは別の仲間が代わりの奴隷としてつれてこられるだけだ。」
戦うために生かされ続けた獣には、到底、理解しがたいことだった。
「わしの体は、人に造られたものよ。記憶はなくなるが、死んでもまた生まれ変わる。同情などいらん。」
アキはその場にうずくまる獣に背を向けると、皇帝の前へと進んだ。ここでは、勝者は皇帝と同じ名誉を与えられる。勝者は皇帝の前でもひざまづくことはない。
「なぜ、殺さぬ。」
皇帝は座ったまま不満そうに彼に言った。
「相手はすでに戦意を失っております。これ以上の戦いは無意味です。」
アキは闘技場のしたから皇帝を見上げながらも毅然としていた。
「民衆は血を望んでおる。民衆の望みをかなえるのが余の勤めじゃ。」
「ただ、ここの熱気にあてられているだけ。本心ではありません。」
民衆は彼を恐れた。例え勝者であっても、今まで民衆の前で皇帝に口答えしたものはいない。ましてや奴隷がなどあってはならないことだ。
「好きにするがいい。」
そういい残すと、皇帝は憮然として闘技場を後にした。