噂
客の中に応急処置ができるものはいたが、馬車が使えないため運ぶことができない。やっとのことで、医者が到着し、そのまま診療所へと連れて行った。
「大丈夫でしょうか?」
アキは心配だった。もし、彼女が探している人物だったらと思うと、その夜は眠れなかった。
翌朝早くに、再びテントの前に一大の馬車が停まった。中からは、頭に白い包帯を巻いた昨日の女性だった。
「昨日はご迷惑をおかけいたしました。朝早くなので、何もありませんが、よかったらこれをお使いください。」
女性はみずみずしい花とハーブの束を団長に手渡した。おそらく、今朝出がけに摘んできたのだろう。さわやかな香りがテント内に広がった。
「え~と、レニポさんでよろしいんでしょうか?」
アキは、恐る恐る女性に尋ねた。
「レニホです。」
「失礼しました。」
彼は、わびながらも事情を話した。
「気にしないでください。この地方では、昔、『はひふへほ』を『ぱぴぷぺぽ』と発音していたらしく、高齢のかたは皆さんレニポというんです。それと、ヨワキもキヨも存じてますよ。父からの手紙に時々、様子が書かれてましたから。」
彼女は医者だった夫が死んでから、娘を育てていくために外国人ながら議員になったそうだ。今は、少しでも安い郊外の農家だった家に住んでいるいる。近頃の農村ではすっかり人が減って、空家も多いらしい。一度、街の暮らしを味わってしまうと、何も娯楽の無い田舎には帰ってこないそうだ。
「公演が終わるまでに、住むところは用意しておきましょう。」
レニホはにっこり微笑みながら、馬車へともどっていった。
「昨夜の事故は、何者かが道端にレンガを置いていたらしい。馬車はそれに乗り上げて横転した。めったに馬車は停まらないところだ。おそらく、馬車がここに停まることを知って、わざと置いたにちがいない。」
街では、軍の誰かが、議員を怪我させようとしたんじゃないかという陰謀説がまことしやかにささやかれていた。




