港
団長はすぐさま大きな玉に乗ると、アキの両手を掴んで、同じ玉の上に引き上げた。
「おれの動きにあわせろ。」
団長は耳打ちをした。道化が使う大玉の中には錘が入っており、ただ乗っているだけなら誰でもできた。だが、それを悟らせないで笑いにつなげるのが道化のテクニックだ。団長はアキの手をとるとダンスのような軽やかなステップで彼をリードしながら玉を操った。
警備隊の連中から、拍手が起こった。
「いや、面白かった。下手に見せたのも後を盛り上げる演技というわけか。すっかりだまされたわい。」
隊長は、
「見習い、今度来るときは舞台を楽しみにしているぞ。」
と言って、立ち去る一行を見送った。
「もっとよく調べなくてよかったのですか?」
隊長と一緒にいた男が、手に持っていた紙の束を渡しながら、口を開いた。
「皇帝のきまぐれに付き合っているほど暇じゃねえよ。」
彼は、その束を後ろにほうり上げると、建物の中へと入っていった。紙にはWANTEDの文字が書かれていた。
国境線の向こうは港があるだけだった。キリシエの本土は海を越えた先にある。商人たちが物資の取引をするための港だけがロウム内に置かれていた。戦となれば、ここからキリシエ軍がいとも簡単にロウムに攻め込むことができる。そのため、巨大なロウムといえども、キリシエには手が出せないでいた。
死獣が死んだという噂は、キリシエにも入っていた。誰も、檻の中に人が作り出した最強の怪物が入っているとは思わなかった。港には、サーカス団専用の船が待っていた。いくら人に飼われているといっても猛獣だ。普通の乗客っと一緒にするわけにはいかない。
半日ほどでキリシエ本土についた。港で簡単な検問を済ませ、一行は首都アテナイへと向かった。