ばかしあい
「ここにいても、囲まれて終わりじゃ。おぬしたちはやつらの裏をかき、南のキリシエに向かえ。やつらは弱小ながら強力な軍事国家だ。ロウムの剣闘士ならのどから手がれるほど欲しいはずだ。そこのアテナイに、師匠の娘レニホが暮らして居る。まだともに小さく国交がさかんだったころに、アテナイ人のもとに嫁いだ。薬草を育てて暮らしているはずだ。そこならば、連れも隠れることができるだろう。国境の街に、キヨというの盲目の女性がいる。そいつも弟子の一人だ。盲目ということで拘束されずにすんだ。もっとも、それは芝居じゃ。実に悪知恵がはたらく。わしのことを言えば力を貸してくれるだろう。」
ヨワネは急いで食料になりそうなものを袋に詰め薬草と共にアキに渡した。
「お前はどうする。」
アキはせわしなく動くヨワネに尋ねた。
「わしは、一旦エトリア帰る。あの女にだまされたふりをして、国境へと向かう。ロウムの連中が知らぬ場所がある。国境を越えれば、エトリアの兵士がいる。やつらもうかつには手がだせまい。」
「連中が簡単に騙されるとは思えぬが。」
アキの心配はもっともだった。
「大丈夫じゃ。病は気からというじゃろ。わしら術士は、相手に疑われては何もできん。信用させるのも仕事のうちよ。」
女が再びたずねてくるのを獣とアキは納屋でじっと待った。翌朝から兵士たちによる山狩りが急に集落に向かって近づき始めた。
「軍隊が近づいています。」
女がいきおいよく玄関から飛び込んでくる。
「助けてくれ!」
奥からヨワネの叫び声がした。彼女は声の方へ急いで向かう。そこには、柱に手を縛られたヨワネがいた。
「だまされた。病気だというから家をさがし看病してやったのに。寝ているわしを縛り上げ、せっかく集めた大事な薬草を持って逃げていった。」
「許可書のないよそ者は見つかれば死罪です。はやく逃げた方がいいです。」
女は彼の手の縄をほどきながら告げた。
「逃げるといってもな。道もわからぬし。わしは、ここで死ぬのか。せめてエトリアの国境付近まで行ければ、ほかの仲間ともあえるものを。まだまだ死にとうない。」
大げさに弱音をはく彼を眺めて、女は口元をそでで隠した。ほくそえむ、口元をみられたくなかったからだ。
「わたしが抜け道を案内しましょう。ですが、国境の場所はわかりません。」
「大丈夫じゃ。兵隊たちから逃げられれば、その先の道はわかる。」
ヨワネは女の言葉に、うろたえるふりをしながら急いで出かける用意をした。