事情
ヨワネはアキが外出できるようになるまで、面倒を見てくれた。獣にも餌をとってきた。
「この山は食べ物が豊富だ。エトリアと大違いだ。」
ロウムの北方に位置するエトリアは寒く、実のなら無い針葉樹が多かった。そのため、それらをえさとする動物たちも少なかった。
「そうか、都からにげてきたのか。エイブラハムのことだ。今頃は追っ手に差が探しているに違いない。」
ヨワネはアキの話しを聞くと、そう答えた。
「皇帝のこと知っているのか?」
アキは不思議そうにたずねる。
「ああ。もともとわしはこの国で産まれた。そして、術士である師匠の元で学んでおった。やつがまだ宰相だったころ、父親が病になり、治療のためにエトリアからの移住民だった師匠は城へと連れて行かれた。だがそこで師匠はやつに、父親を毒殺するように告げられたそうだ。無論、師匠は拒んだ。自分の術は人を殺すためのものではないと。そして、一度、もどってきたが、数日後に反逆の罪で投獄されることになった。師匠はわしらにこの国から逃げろと言った。そして、わしら弟子たちは周辺の国へと散っていった。」
「なぜ、危険をおかしてまで国境に近づく?」
アキはヨワネの行動を不思議に思った。
「この山は豊かだ。それは、薬草も豊富ということだ。だからわしは、この山にくるのだ。」
表で、かすかだが物音がした。動物のものではない。人の足音だ。二人は身を潜めた。
「我が名は、剣闘士タマリクトス。剣闘士としての誇りがまだあるなら、アキレタ、表に出て我と戦え。」
表にいた男が、洞窟の中に向かって叫ぶ。どうやら、罠があると思って警戒しているようだ。
「剣闘士タマリといえば、都で一、二を争う英雄だ。そんなやつまで、差し向けるとはよっぽどお前さんエイブラハムに嫌われているようだな。」
ヨワネの言葉に答えることもなく、アキは剣を片手に洞窟を出た。
「お主に怨みはない。それに、お主のしたことも間違っているとは思わん。しかし、皇帝のため戦う剣闘士として、皇帝の命令があれば、それに従う。せめてもの情けだ。剣闘士らしく戦って死ぬがいい。」
タマリはアキに向かって叫んだ。
「おれは、奴隷だ。皇帝のために戦うことはしない。我が祖国と同胞のために戦うのみ。」
アキも負けずに言い返した。それを合図に二人の戦いは始まった。剣と剣が交わり火花を散らす。紙一重で相手の剣をかわす。そんな攻防がはてしなく続く。