奴隷
第一章 古代ロウム
その男は遠くの地より奴隷としてこの街に連れて来られた。男の名はアキレタ。通称アキ。それは、親からではなく、主から与えられた名であった。主は、彼を召使としてではなく、闘技場で戦わせるために買った。いわゆる剣闘士である。名のある剣闘士の下で、腕を磨かせ、ついにデビューのときを迎えた。
普通であれば、デビュー戦はライオンなどの猛獣と戦わせる。動物であれば、罪悪感がなく戦えるからだ。
その日は、急遽、皇帝エイブラハムが見物に来ていた。
「事前にご連絡いただければ、奴隷ではなく、まともな剣闘士をご用意いたしましたのに。」
責任者は腰をかがめ、もみ手をしながら、皇帝に言った。
「かまわね。民は血が見たいのだ。たまには人間が負けるのもいいだろう。」
皇帝は、毅然として答えた。
「ですが、御前を奴隷の血で汚すことになっては。」
「かまわぬ。奴隷に勝ったヤツに我が民族のものが勝利すれば、われらの優位性が示されるというものだ。」
皇帝エイブラハムはそういい残すと、専用の観客席へと向かった。
御前試合での組み合わせは、常に決まっていた。それは、闘技場の地下に飼われている二兎の手で作り出した最悪の化け物と市民を代表する人間の戦いだった。この戦いでは、決して人が負けることは許されなかった。しかし、今回は違った。誰もが、奴隷は負けるだろうと思った。そして、勝った化け物は、民族の誇りとされる英雄と戦い、敗れるのだ。
そう、いかなる化け物でも勝ち続けることはない。