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「主、お待たせいたしました!」
最初に本を持ってきたのは、赤い布をかぶった男の子。
「お疲れのようでしたから、読みやすい物を選びました」
彼は、幼児向けの絵本を持ってきてくれた。
次に戻ってきたのは、黄色の布をかぶった女の子。
「女の子は、可愛いものが好きでしょ?」
花の図鑑を渡された。
最後に帰ってきたのは、青い布をかぶった男の子。
「すごいものをつくってくれ」
両手いっぱいのゴーレムに関する本を持ってきてくれた。
「みんな、ありがとう」
「向こうに読書をするのに最適な場所があります。そちらへ行きましょう」
「本は、俺が持っていく」
「じゃあ、私はお茶を淹れてくるよ」
3人に案内された先には、大きなテーブルと座りやすそうな椅子が置いてある。
その他、ソファーやサイドテーブルが置いてあったりと、おしゃれな談話室のような部屋になっていた。
「すごい!」
「主の好みに合ったようで。何よりです」
3人の声は弾んでいるので、喜んでいるのだろうが、表情が見えないので、よくわからない。
「ねぇ、その布って、取れないの?」
布の下を覗きこむようにすると、3人は一斉に後ろへ飛びのいた。
「いけません。いくら主の願いだとしても、これだけは聞き入れることはできません」
「私たち、顔には自信ないんだよね」
「ごめんね、嫌なことしちゃって」
「大人しく本を読め」
「はい」
もしかしたら、と思ったんだけど、違ったかな?
私がプレイしていたソシャゲにも、可愛い子供のキャラクターが存在していた。
声がそっくりだし、ロイ・マクスウェルという前例もあるし、もしかしたらと思ったんだけど、設定が違うから、違うのかな?
彼らの機嫌を損ねてもいいことは無いだろうから、大人しく読書をすることにした。
3人が持って来てくれたのは、童話、花の図鑑、ゴーレムの本。
お茶まで用意してもらって、至れり尽くせりである。
しかし正直なところ、本を読むより、この中を案内してほしいと思ってしまう。
どんなふうになっているのか、見て回りたい。
ものすごく広そうだしさぁ。
しかし、今日のところは、大人しく読書をすることにした。
せっかく選んできてくれたんだもの。
ちゃんと読もう。
足元には、クロが寝そべっている。
クロはいつもこんな感じで、何をするにもついてくるし、近くにいてくれる。
そんな大きな猫を足置きにして、読書を始めた。
最初は童話。
お姫様が王子様に助けられる、王道ストーリーの本。
挿絵がたっぷりで、文字が少ない感じの、幼児向けの本だった。
次は、花の図鑑。
ぺらぺらとページをめくる。
見たことのない花ばかりで飽きはしなかったが、挿絵が写真ではなく、イラストだったためか、現実味に欠ける。
そのうち、本物を探しに行こう。
最後は、ゴーレムの本。
何の因果か、青い布の子は、ゴーレムの本を持って来てくれた。
しかも、上級者向けの難しそうなやつ。
今まで、初心者向けの本ばかりとにらめっこしていたので、正直、とてもためになった。
基本ができているとはいえないので、どこまで理解できるか不安だったが、意外とすんなり読むことができたので驚いた。
「あれ……、これって、もしかして」
持って来てもらった本を並べてみる。
ゴーレムの本には、植物を触媒にして作成する方法が載っていた。
植物。花を材料にして。
もしかしたら、何か生みだせるかもしれない。
ここまで来る途中に、蔦がやたら絡まった木があった。
この図鑑によると、あの蔦はどこにでもあるツル性植物らしい。
あの蔦を乾燥させて、籠などの日用品の制作に使用される。とある。
蔦、ねぇ。
そういえば、蔦を丸めたモンスターみたいなやつがいたなぁ。
それとも、植物属性の何かが生み出せないだろうか。
ゴーレムの制作に、想像力は必須だもんね。
そうだね。ポシェットモンスターみたいな感じだったら、想像しやすいかも。
「あの、この本って貸し出し禁止かな?」
「すみません。ここにあるもの全て、持ち出し禁止になります」
「ここから外に出たその瞬間に、全部灰になるように呪いがかけられているんだ」
「呪い?」
なんかすごい秘密の守り方だ。
まぁ、確かに、門外不出の秘伝が書かれた本とかありそうだし。
仕方ないか。
「メモするのは、大丈夫かな?」
「それならOKです!」
「只今、紙とペンをお持ちいたします」
「ありがとう」
それから、持ってきてくれた紙に、必要なところを書き写した。
必要な素材とその配合の仕方。
魔法陣の書き方。
魔力の流し方。
命令の仕方。
そんなことをしていると、あっという間に日が傾いてきた。
「主、そろそろ帰らないと、従者がうるさいぞ」
「従者?ロイさんのこと?」
「そういう名前だったか。覚えておこう」
本当にロイさんに名前はなかったんだ。
ゴーレムだしね。
外見があぁなったのは、私のせいだろうし、仕方ないか。
「本は俺たちが片付けておく」
「主さんは、早く帰った方がいいよ」
「わかった。今日はありがとう。お茶を御馳走さま」
「いいからいいから、早く!」
背中を押されて、追い出されるようにして、扉をくぐった。
振り返る暇もなく、ばたんと、扉が閉まる音がする。
私の後ろにあったのは、1本の大きな木。
その幹は、普通の木になっていて、ファンタジーな扉は付いていなかった。
「あれ?」
ぐるっと周ってみたり、触って確認してみたけど、なんの変哲もない普通の木だ。
「どうかしましたか?」
太い幹の影から、ロイさんが現れた。
「扉が消えちゃって」
「日が沈むと、扉は消えますよ」
「なんで?」
「防犯上の理由からです」
なにそれ。
なんか、すごい理由を持ち出してきたな。
その一言で、なんでも片付けられてしまいそうで怖いな。
「暗くなる前に帰りましょう」
「迎えに来てくれたの?」
「はい。私はあなたの執事ですから」
面と向かって、最高の笑顔でそう言われてしまうと、まるで自分がお姫様か何かになったような気分になる。
勘違いしてはだめ。
向こうは、私のことなんて何とも思っちゃいないんだから。
ただ、そうあれとプログラムされているだけ。
心臓がドキドキするけど、気のせいなんだから。
「マスター、どうかしましたか?」
「あぁ、もう!顔と声が無駄にいい!!」
私は、クロの背中に顔を埋めて、深呼吸した。
最近は、この匂いが精神安定剤の代わりみたいなものだ。
ふわふわの毛並みに、お日様の匂い。
あー、めっちゃ落ち着く。
何回か深呼吸してから、クロから離れる。
「帰ろうか」
「はい」
「帰りに、あそこの蔦を持って帰りたいのだけれど」
ロイさんは怪訝な顔をする。
「何に使われるのですか?」
「ゴーレムの素材になるかなーって」
「もう夜です。明日にしましょう。植物は逃げたりしませんから」
試作品は明日作ろう。
今日のご飯は何だろうと心を躍らせて帰ってみたものの、やっぱり魚料理でがっかりしたのは、言うまでもない。