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「おなかがすきました」
「ただ今、食事をお持ちいたします」
ご飯のリクエストは、大体叶えてくれる。
主に、白身魚がメインになるけど。
これ、初日のあの魚だと思う。
おいしいけど、毎日続くといい加減飽きてきた。
DHAを摂取しすぎて、頭がよくなりそうだ。
あの大きさだから、まだ、しばらく魚料理は続くと思う。
おなかが空いたといえば、ご飯を出してくれる。
お風呂に入りたいといえば、湯船に湯をはってくれる。
着替えとタオルまで用意してくれる。
たぶん、洗濯もしてくれている。
日常生活においては、なんの問題もない。
有能な執事って、ほんと助かる。
問題は、ほかにあった。
娯楽がない。
唯一の娯楽は、最初に見つけた部屋にあった本。あの本だけ。
テレビもない。ケータイもない。ゲームもない。
ないないないない。
現代的な娯楽は、一つもない!
この世界に来てから、一週間がたった。
あれから、何度かゴーレム作成に挑戦した。
まずは、「初心者のためのゴーレム製造」という本を教科書にして、その通りに作ってみることにした。
本の内容は、いたって簡単。
この本の順序どおりに行えば、必ずゴーレムが作れます。というものだ。
料理のレシピのようで、案外、とっかかりとしては良い教本なのかもしれない。
ほんとにできるかどうかは、やってみなくちゃ分からないけど。
前任者が膨大な数の資材を残しておいてくれたので、資材調達に奔走することがなかった。
あとは、私の想像力にかかっている。
魔力の流し方、思いの強さ、自分の想像力と機動前の命令の仕方。
鍛練することはたくさんある。
何度か失敗して、供物として捧げた資材は、ほとんど白い砂になって消えた。
その度に、最初から上手な人はいない。百回やれば、百回分上達する。そんなことを自分に言って聞かせて、励みにしていた。
ロイ・マクスウェルは、聞けばちゃんと教えてくれた。
執事というより、先生という感じである。
教科書が悪いのだろうと、違う本のレシピでも試してみたが、クロのようなちゃんとした動物を作ることは出来なかった。
それどころか、形にすらならなかった。
「ロイさん。オートモード使ってもいいですか?」
「あれはもう使えません」
「強くてニューゲームなんですから、なにか解決策はないんでしょうか?」
「私も、マスターがここまで出来ないとは思いませんでした」
うわぁ。軽くディスられましたぞ。
失敗すると、赤い石が見つかる時があったが、そのたびに、うちの有能な執事が問答無用でひょいぱくするので、手元に残ったことはない。
そして、赤い石を摂取していくにつれ、ロイさんに自由意思みたいなものが生まれ始めていることに気付いた。
表情やしぐさなど、初めて会った時からずいぶんバリエーションが増えたし、会話もそれなりに出来るようになったと思う。
謎ウインドウも、オートモードのまま、固定してあるからそこにあるだけのものになった。
これって進歩だなぁ。
ステータスの確認できるノートにも変化はあった。
ロイさんとクロのページに変わりはないが、私のページにだけ文字化けが増えたのだ。
もちろん、解読不能。
ロイさんに聞いたけど、わからないの一点張り。
一応、クロにも聞いてみたけど、にゃあと鳴くばかりだった。
動物と会話ができたらよかったのに。
「名前 ユーリ
職業 ゴーレムマスター
体力 ※※※/※※※
魔力 ―∞/―∞
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謗溽?エ繧
蜚ッ荳?辟。莠
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」
なんなんだろう、これ。
すっごい不思議だし、奇妙。
こうやって並んでいると、正直、怖い。
エラーだとしても、いい気分はしない。
変換ソフト欲しい。
変換ソフトかぁ。
「ここって、図書館とかありますか?」
「ございます。ご案内いたしますか?」
「お願いします!」
あるなら、早く言って!
煮詰まってきてたし、新しい資料がほしい所だったし、もういい加減、ゴーレム以外の知識が欲しい。
せっかくのファンタジー世界なんだから、楽しませてくれ!
ロイさんについていくと、彼は、裏口から屋敷の外に出た。
「外にあるの?」
「はい。蔵書や資料は別館にございます」
「別館。すごい名前」
「きっと驚かれると思いますよ」
ロイさんは、どんどん進んでいく。
幸い、一本道なので迷うことはないが、それでもちょっと不安になる。
知らない土地で置き去りにされたら、間違いなく生きていけない。
ロイ・マクスウェルがいたから、ここまでやってこれたんだ。
一人なら、間違いなく詰んでいたと思う。
あれ?
これって、ロイさんに感謝すべきだな。
自分のことでいっぱいで、感謝の心を忘れていた。
心を改めなくては。
「着きました」
そういって指差すのは、一本の大木。その太い幹には、扉が付いている。
「ファンタジー感が一気に増した」
「こちらからお入りください」
「ロイさんは一緒に行かないの?」
「申し訳ありません。他に仕事がございますので、お付き合いできません」
ロイさんは、一礼して、来た道を引き返して行った。
「じゃあ、クロ。一緒に行こうか」
「にゃおん」
扉を開けると、そこは巨大な図書館になっていた。
「すごい!」
外からは想像もつかないほどの、巨大な空間。
ちょっとしたショッピングモールくらいあるんじゃないだろうか?
その入口のすぐそばには、小さなカウンターがあり、ガラス製の呼び鈴が置いてあった。
これで呼ぶと、何が出てくるんだ?
ドキドキしながら、呼び鈴を鳴らす。
チリン、と澄んだ音が響き渡る。
「良い音だね」
何も起きなかったので、調子に乗って何度も鳴らしてしまった。
「誰も来ない」
予想に反して、何も起きなかった。
「どうしよう。入ってもいいかな?」
クロを撫でながら時間をつぶしていると、あることに気がついた。
「あれ?なんか表示されてる」
ここしばらく使っていなかった謎ウインドウに、選択肢が表示されている。
「司書を呼びますか?
はい
いいえ
」
司書とはなんぞや?
とりあえず、「はい」を選択。
ぽちっとな。
ピコン、と音が鳴り、今までどこにいたのか、人が現れた。
いち、に、さん。
全部で3人の子供たち。
全員、顔が見えない様に、布をかぶって隠している。
「新しい主に礼!」
「ようこそ、主さん」
「あなたが新しい主……?」
「はじめまして」
いきなりの大人数に圧倒され、挨拶を返すのでいっぱいいっぱいだった。
「本日は、どのようなご用向きでしょうか?」
ひとりの子供が私に問いかける。
「えっと、本を読みたくてきました」
「どのような本でしょうか?なんでもお探しいたします」
「ありがとう。あの、あなたたちは?」
今度は、違う子供が話し出す。
「僕たちは、あなたのために作られました。ここの案内をするように仰せつかっています」
「ここは広い。迷子にならないようにとのご配慮だ」
「ということは、あなたたちもゴーレム?」
そう問いかけると、3人は困ったような顔をする。
「ちょっと違います」
「俺たちは、死体だ」
「え‥‥。なに、その個性的な設定」
その布の下の顔は、ゾンビにでもなっているのだろうか?
ちょっと怖い。
「そんなにストレートじゃないですよ。腐ってはいませんから、安心してください」
「あ、そう…なの」
「はい!」
よかった。
腐臭が漂ってきたらどうしようかと思ったわ。
ちょっと安心した。
「それで、どのような本をお探しですか?」
「えっと、ちょっと待ってね」
正直、どんな本を読もうか考えてなかった。
蔵書を眺めながら、適当に決めようかと思っていたから。
「そうだな。オススメとかある?」
考えがまとまらなかったので、そう聞いてみたら、子供たちは顔を合わせて相談を始める。
「わかりました!主のお役に立つ書物をお持ちいたします」
「少々お待ちください!」
「すぐに見繕ってくるから、動かずに待っていろ」
そして、それぞれがばらばらの方向へと走って行ってしまった。
「行っちゃった」
一人残された私は、しばらく待ちぼうけをくらうことになった。