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食事が終わり、後片付けも済ませてしまうと、私は魔法陣の部屋に連行された。
この部屋は、仮に工房と呼ぶことにする。
名前がないと不便なので、私が考えた。
良い名前だと思う。
そこで、ロイ様より改めて書物が手渡された。
「基礎から学ぶことをお勧めします」
それは、専門書ではなく、児童書の類だった。
挿絵が豊富で、中身も単純明快。
初心者にすらなりきれていない、初めての私にはぴったりの本だ。
こういうのを待っていたのだよ。
お礼を言って受け取り、本を開く。
そこに書かれていたのは、世界の成り立ちや、神話、精霊について。
創世のおとぎ話のようだった。
どこの世界にも、始まりの物語があるものだ。
初めに神が大地をつくり~ってやつ。
そして、この世界には、五大元素が存在し、それに光と闇が加わり、属性は大きなくくりで七つ、存在している。
そんな感じだ。
よくある感じ。
そして、その中の一つ。
属性を組み合わせて、生き物をつくる。とある。
「神は、己の血と肉をつかい、自分に似たものを作られた」
「神の生み出したものに使える者、それが我らです」
「それが、ゴーレム?」
「名はたくさんあります。マスターが認識しやすい名称が、ゴーレムになります」
こうなると、やっぱりスマホがほしい。
ゴーレムとは何なのか、検索したい衝動に駆られるのは、現代人の悪い癖だな。
しかし、こうやって、目の前にいるロイ・マクスウェルを見ると、作り物だとはますます思えない。
会話もできて、まばたきだってしてる。
「ロイ様じゃなくて、ロイさんでもいいですか?」
「好きなようにお呼びくだい」
「じゃあ、ロイさんで」
まずは、呼び方から改めようと思う。
様呼びするの、なんだか恥ずかしくなったんだもん。
しょうがないじゃないか。
「では、ロイさん。改めまして、私から質問がありますがよろしいでしょうか?」
「お答えできる範囲で答えさせていただきます」
よかった。この時点で、拒否されなくて。
ロイさんは、必要最低限のことは話してくれるけど、質問の仕方を間違えると答えてくれない。
聞き方を変えると、答えてくれることもある。
普通に会話できると思ったら、いきなり、ゲームの世界みたいに同じことしか言わなくなるし。
わけわかんない。
そういえば、いつも視界の端に潜んでいる謎ウインドウも、使うときと使わなくても進む時がある。
次の選択肢までは、自動で進む。って感じなのかな?
せめて、一貫性を持たせてくれたら、と思う。
意外と融通が利かないなぁ。
「あなたの名前を教えてください」
「……」
初回からつまづいた。
名前を聞いただけなのに!
吾輩はゴーレムである。名前は、まだない。的な?
うわぁ。いきなり地雷踏んだかも。
「あなたの目的や行動理念を教えてください」
「マスターにゴーレムを作っていただき、迫りくる厄災に備えることが第一の目的になります」
ふむふむ。そうきたか。
「迫りくる厄災とは、どのようなものですか?」
「……その時が来たら、わかります」
なるほど。
詳細は語られず、か。
王道RPGとよばれるものだって、とりあえず、初めは何の説明もないまま始まったりするしね。
明確な敵も分からないまま、わけも分からず、っていう場合も多いし。
今回も、もれなくそのパターンか、そのうちわかるやつなのか。
まぁ、いい。次だ。
「わたしは、あなたの外見を知っているのだけれど、どうして、ロイ・マクスウェルの姿をしているの?」
「マスターの潜在意識にある、もっとも頼りになる者の姿を写しました」
「潜在意識」
確かに、ゲームの中で、ロイ・マクスウェルは、最強の一角である。
対して、私の最推しのキース・キャラウェイは、レア度は高くないし、カンストさせてもロイ様には及ばない。
なるほど。
キース・キャラウェイへの愛はあるけれど、一番使用頻度の高いキャラクターになると、ロイ様だな。確かに。
「私は、どうやってここにきたの?」
「申し訳ありません。それにはお答えできないことになっております」
え‥‥。ここにきて、無言の返答ではなく、ちゃんとした返事が返ってきたぞ。
答えられない。それが、答えってわけ?
「私は、自分の家に帰れますか?」
「マスターの家はここです」
「ここ?」
「マスターの家はここです」
私の家はここ?
なにか勘違いしてるのかな?
それとも、今、流行りの……。
もしかして、そうなの?
「あの、もしかして、ここって、異世界とかいうやつ?」
「はい。マスターは、異世界より召喚されしものです」
はい、きましたー。
定番の異世界召喚でーす。
ほんとにくるとは思わなった。というか、ほんとに?
「私どもの都合にあわせて、魂を選定させていただきました」
「選定?」
「はい。死んだばかりの活きのいいものから。それが、あなたです」
死んだばかり?
私、死んだの?
死んだ?
わけわかんないんですけど。
「なに、それ……。全然笑えない。そういうの、もうおなかいっぱいで流行らないから」
「流行り廃りの問題ではありません。事実です」
「どうやったら帰れるの?」
「ここがあなたの家です。帰る場所はここです」
「そうじゃなくて。前の私の家ってことなんだけど」
「帰れませんよ」
「はああああ?!」
嘘だ、うそうそうそうそ。
「そんな、馬鹿な話、信じられると思う?!帰れるんだよね?ねぇ?ねぇ?」
「……」
「お願いします!帰りたいんです!」
「……」
「ねぇ!ロイ様!聞いてる?私、帰りたいの!」
「……」
「都合が悪くなると何も言わなくなるのずるい!」
「……」
「ずるい!卑怯者!何か言ってよ!」
「……」
「ずるいよ、ほんとに」
なんだか、悔しいやら悲しいやらで、涙が出てきた。
信じられない。
そんなバカな話ってある?
私、死んだの?
なら、この体は何?
これも、作り物の体なの?
なんなの?わけわかんない。
読んでないラノベがたくさんあった。
見たいアニメも漫画も、たくさんある。
何より、ゲームのイベントだって完走してない。
今から、夏だよ?
水着イベント待機中なんだよ?
そんな……。
楽しみにしてたのに!
散々、泣いて、喚き散らして、八つ当たりしても、ロイ・マクスウェルは表情一つ変えずにそこにいる。
なんなのよ、もう。
「私って、どうやって死んだの?」
「存じ上げておりません」
「そのくらい調べておいてよ」
「お調べいたしますか?」
「いいよ、もう。昔の話だし」
死因より、マンガの続きが気になる。
ゲームがしたい。
死んで異世界召喚とか、ほんともう何番煎じですかっていう感じ。
市場は、すでに飽和状態だっつーの。
「私は死んだのなら、この体はなに?」
「作りものです」
「私もゴーレムってわけ?」
「いえ。マスターは……」
「私は、何?」
「申し訳ありません。お答えすることができません」
あー、そう。
都合が悪くなると、すぐにこれだ。
私って、なんなの?
それから、腹をくくった。というか、全てにおいて、どうでもよくなった。
喉もと過ぎれば、熱さ忘れる。っていうし。
ほんと、いい言葉だと思う。
ロイ・マクスウェルをかたどったゴーレムに、気を遣ってもしょうがないと理解したし、何より、ロイ・マクスウェルが作れたんだから、キース・キャラウェイだって作れるはずだ。
ならば、ゴーレムで自分の推しを作って毎日を楽しく過ごしてやる。
悔しいけど、そのくらいしか、仕返しの方法を思いつかない。
私を選んだことを後悔させてやるんだ。
腐女子の、夢女子の、オタクの本領、見せてやんよ!