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「ここどこだっけ」
初めて見る天井。
今まで意識してみたことなかったけど、天井の模様って色々あるんだなぁ。
「ここ、どこ?」
私の横には、黒い大きな塊がある。
これ、なんだっけ?
触るとあったかくて、とても気持ちがいい。
顔を寄せる。
あー、気持ちいい。
触り心地最高!
一生触っていられる。
ふいに、もぞりと黒い塊が動く。
「え!なに!」
「にゃあ」
黒い塊だったものに、手が生え、耳が生え、目ができて。
あっという間に、巨大な黒猫になった。
「あ、クロだ」
「にゃあ」
クロを撫でながら周りを見渡すと、少し離れたところに人が立っていた。
「ろ、ロイ・マクスウェルだ!」
「気分はどうですか?」
「気分?」
「館に戻られてすぐ、ぱったりと倒れてしまわれたのです。具合が悪いときは、おっしゃってください」
「はい、すみませんでした」
何だろうこれ。
夢だよね?
「あの、これは夢ですか?」
「いいえ。現実ですよ」
「うそだー。だって、あなたはロイ・マクスウェルですよね」
「はい」
「コスプレの方?」
ロイ様は小さくため息をついた。
「これでも夢だとおっしゃいますか?」
「あだっ!」
ロイ様は私のおでこにデコピンを放つ。
ぱんっ、といい音が響いた。
もしかして割れたんじゃないだろうか?
「ごめんなさい」
「元気なようなので、先に食事を済ませてください。食事が終わりましたら、ゴーレム作成に入りましょう」
「はい」
ロイ様は部屋を出ていってしまった。
これって、さっきの続き?
今どこなのか、ご飯はどこで食べるのか、ちゃんと聞いておけばよかった。
クロは、にゃあと鳴く。
そうだね、クロに案内してもらえばいいんだね。
夢か現か幻か。これが現実?よくわからん。
ほっぺたをつまんでみたが痛いだけで、さっきデコピンされたところも、ジンジンと痛む。
クロは、自分の体の下に手帳を隠していたらしく、それをくわえて渡してくれた。
どこに置き忘れたかと、一瞬焦って損した。
中を確認する。
「あれ?更新されてる。すごい謎技術!」
この手帳ってば、じつは、ものすごいやつだったんだ。
私のページに、項目が増えていた。
「名前 ユーリ
職業 ゴーレムマスター
体力 ※※※/※※※
魔力 ―∞/―∞
菴ソ蠖ケ縺吶k閠
諢帙☆繧玖?
」
なんだろう?
この文字化けのところ。
すっごく気になるけど、解決する方法がわからないから、とりあえず放置するしかない。
ロイ様は、相変わらず執事のままで、変化はない。
問題はクロのページだった。
「名前 クロ
職業 猫
所属 ユーリ
練度 15
体力 B
魔力 C
筋力 B
知力 B
機動 B
運 C
」
練度がレベルだとするならば、いきなり10以上も上がったことになる。
すごい!
あの魚、本当はすごいやつだったんじゃないのか?
「やったね、クロ!」
私はクロを思いっきり褒めてあげた。
クロは、嬉しそうにしている。
よきかな、よきかな。
「さて、そろそろ行かないと怒られそうだ。ロイ様がどこにいるか知ってる?」
クロはにゃおんと鳴き、私をロイ様のところへ案内してくれた。
うちのでっかい黒猫、優秀すぎる!
黒猫に案内されるがまま、ついて行ったら、こじんまりとした部屋にたどり着いた。
そこは、どうやら食糧庫のようで、ぎっしりと保存食が詰まっていた。
そこを抜けると、キッチンになっていた。
隣り合っていたのか。
厨房を通り、部屋に抜ける。
部屋に入ると、準備万端という感じで、一人分の食事が用意されていた。
お魚の料理だった。
あたたかくて、とってもいいにおいがする。
夢って、こんなにもリアルだったかな?と思い、もう一度、ほっぺたをつねってみる。
痛い。
頭を軽く叩いてみる。
痛い。
ちょっと待って。
これって夢じゃなくて、現実?
本当のことなの?
夢だと思ってたから。
夢だと思ってたから、自由に振舞えてたのに。
もう無理。
ロイ・マクスウェルが存在する世界なんて耐えられそうにもない。
推しじゃないけど、顔がいい、声が良い、見た目が最高。
やばい、死にそうだ。
さっき触っちゃったし。
生意気な口聞いちゃったし。
これって、あのロイ・マクスウェルが用意してくれたの?
ロイ・マクスウェルが、私の執事?
これはいけない。
やばいよ、絶対。
「まだ気分がすぐれませんか?」
「ぎゃあああああ」
後ろから声をかけられ、思わず声が出た。
振り向くことができない。
意識してしまって、まともに顔を見ることができない。
「お気に召しませんでしたか?」
「滅相もございません!とてもおいしそうだと思います」
「それはよかった」
私は、急いで席に座る。
めっちゃおいしそう。
白身魚のソテーに、サラダとパン、スープもある。ちょっとしたランチみたい。
しかし、ロイ・マクスウェルがそこにいるかと思うと、正直、喉を通りそうにない。
まず、テーブルマナーとか、全く自信がないし。
「あの、頂いてもよろしいでしょうか」
「はい。マスターのために作りました。お口に合うといいのですが」
あー、声がいい!
間違いなく、おいしいやつだと思います!
「あの、ロイ様は」
自分で言っておきながら、ロイ様だなんて、ものすごく恥ずかしい!
けど、先に進まないので言うしかない。
「ロイ様は食べないんですか?」
すると、予想外の答えが返ってきた。
「私は食べることができません」
「どうしてですか?」
「ゴーレムは食事を必要としませんので」
「は!?」
思わず、ロイ・マクスウェルの姿を見てしまった。
「ロイ様って、ゴーレムなの?」
「はい」
「まじ?」
「はい。私はマスターのために作られました」
「でも、普通の人と変わらないけど」
「そのようにあれと作られました」
ええええ。
まさかのゴーレムだったなんて。
私の先人は、ものすごいゴーレムマスターだったんだろうな。
「料理が冷めてしまいます。詳しいお話は、食事の後にいたしましょう」
「わかりました」
とりあえず、ごはんだ。
腹が減ってはなんとやらだもんね。
話を進めるためにも、目の前のご飯を食べることにした。
ロイ・マクスウェルの正体が分かってしまうと、不思議なもので、あまり緊張しなくて済むようになった。
本物じゃなくて、偽物。
人間じゃなくて、作り物。
でも、本当に存在していたら、こうなんじゃないこと思わせてくれる姿。
ちょっと安心したかも。
彼が作ってくれたお魚料理は、とてもおいしかった。
何より気になっていたテーブルマナーについては、注意されることもなく、とても気が楽だった。