4
キース様に会いたい。
結果的に、その願いは叶ったわけだ。
「会う」という願いは叶えられた。
キース様が崩れた後には、白色のさらさらした砂が残った。
これがキース様だったものだと思うと無下に扱うことができなくて、なんとなく、掃き集めて空っぽの壺に入れた。
その砂の中に、小さな赤い石が混ざっていたのに気付いたのは、偶然だった。
「ロイ様。これ、何?」
彼に見せると、まるで御光が差したかのような雰囲気になる。
なにこれ?
何仕様なんだ、これ?
そして、無言のまま、赤い石を私から取り上げて、それを飲みこんでしまった。
「ええええええ」
私の驚きを無視して、ロイ様は元の優しい微笑みに戻る。
「ありがとうございます」
「えぇ……」
あれが何なのか説明してほしかった。
というか、勝手に取り上げて、挙句の果てに飲み込むとか。
なんなの、この人。
「マスター」
「はい!」
「もう一度、挑戦しますか?」
ロイ様は、失敗した私を励ますでもなく、怒るでもなく、淡々とこう言った。
「もう一度、挑戦しますか?」
脱線したのは、私だ。
とりあえず、今は、ロイ様の願いを叶えよう。
かわいい猫をつくろうと思う。
「もう一度、挑戦しますか?」
「はい。もう一度、お願いします」
「わかりました。では、もう一度初めからやり直しましょう」
彼がなぞる手順は一緒だった。
集める素材も一緒、置く場所も一緒。
「できました。次はマスターの番です」
話す言葉も一緒。
「ここに手を当てて、イメージしてください」
私は、大人しく手を当てた。
魔法陣が金色に光る。
ここまでは一緒。ここからが本番。
「想像力が力を生み出します。マスターが作りたいものを想像してください」
ぐだぐだやってると、手伝ってくるのが分かっていたので、さっさと済ませよう。
「マスターは何を作りたいですか?」
「かわいい猫を作りたいです」
それから私は、自分の願望を言った。
猫なんて飼ったことないから、全部想像だ。
「かわいい黒猫。目は金色で、ちょっと生意気だけど、ものすごく甘えん坊で、面倒見が良くて、たまに素行の悪い黒猫。その黒猫を枕にして寝るの。きっと気持ちいいと思う」
私の想像を全部言い終えるとすぐに、魔法陣の光は強くなる。
思わず目を閉じた。
今回は、風は吹いてこない。
まぶた越しでも分かるくらいの強い光が消える。
おそるおそる目を開けると、前回キース様がいた場所には、猫がちょこんと座っていた。
毛は黒くて、瞳は金色で。
ただし、私の知っている猫とは大きさが違う。
なんかこう、全体的に大きいような気が。
「おめでとうございます」
ロイ様は、拍手をして賛辞を述べる。
「おめでとうございます。素晴らしいゴーレムができましたね」
「これって、猫?」
「素晴らしいゴーレムができましたね」
「ロイ様には、猫に見える?」
「素晴らしいゴーレムができましたね」
あ、そう。
答えられないやつね。
わかった。自分で解決する。
猫って、もっと、こう、小さくなかったかな?
私が魔法陣から手を離しても、大きな黒猫は砂になることはなかった。
「近づいてもいいかな?」
「大丈夫です。ゴーレムは、自分の主人が誰なのかを教わらずとも知っています」
「そうなんだ」
これは、猫というよりライオン?いや、たてがみがないから、ヒョウかな?
サイズ的にはそのくらいだろう。
とにかく、よく知る猫のサイズではない。
おそるおそる手を伸ばしてみる。
噛みつかれたり、引っかかれたりするかとびくびくしていたが、そんなことにはならなかった。
首のあたりを触ると、つやつやの毛並みが気持ちいい。
「名前をつけましょう」
「名前?」
「はい。使役するのであれば、呼び名は必要かと」
ごろごろと喉を鳴らす、大きな黒猫。
その振動の大きさにびっくりして、思わず手を離してしまった。
すると、黒猫は自分の体を摺り寄せてくる。
おおおおお。
これは、思った以上にかわいいかも。
額のあたりを撫でると、耳がくたんと下がる。
喉のごろごろは止まらない。
終いには、ごろんと横になり、おなかを見せてくる。
我慢できなくて、全身をわしゃわしゃしてしまった。
これはいい……!
「猫って、どういう時に喉を鳴らすか知ってる?」
「……嬉しい時や要求がある時です」
「そうか。じゃあ、名前付けなきゃね。クロ、とか?」
見たまま、そのままの名前を言ってしまった。
すると、ピコン、と音が鳴り、私の目の前に金の輪っかが現れた。
「え?」
「マスター、それを手に取ってください」
言われるがまま、金の輪っかをつまむ。
輪っかはそのままぽろんと外れて、くるっと向きを変えて、上手いこと私の手首に収まった。
「これは?」
「ゴーレムマスターの証です」
いきなりものすごい単語が出てきたぞ。
よく見ると、内側に模様が彫ってある。
外して見てみようと思ったら、外すことができなかった。
「ちなみにそれを外すことはできません」
「なにそれ!呪いのアイテムじゃん!」
「呪いではありません。ゴーレムマスターの証です」
「ゴーレムマスターって何?」
「無から有を生み出す者。作られし命を従える者です」
いきなりのファンタジー展開に、脳がついていかない。
ごめん、ロイ様。
よくわかんないから、とりあえずもういいかなって感じです。
勇者でもなければ、魔王でもない。
ゴーレムマスターね。
よくわかんないなぁ。
「それで、これから何をすればいいの?」
「屋敷の外に出て、魔物を倒しましょう」
「魔物を倒す」
そういうイベントなんだろうと、素直に指示に従うことにした。
ゴーレム作って、敵を倒すイベント。
倒したら、レベル上がるのかな?
「それでは参りましょう。準備はよろしいですか?」
「準備って、何をすればいいの?」
「準備はよろしいですか?」
「準備の仕方を教えてください」
「準備はよろしいですか?」
準備がなんなのかを教えてくれないことは分かった。
こういう時の定型文みたいなものなんだろうな。
今からいくぜ、おらぁ!みたいな感じ?
足元の大型猫に聞いてみた。
「準備って何か知ってる?」
すると、大型猫はとことこと歩いていき、何かを口にくわえて持ってきた。
「これが準備?」
にゅあ、と鳴く大型猫。
よくやったと、頭を撫でる。ご褒美は大事だ。
クロの口から、手のひらサイズの手帳を受け取る。
よだれでべったりだったので、あまり触りたくないが仕方ない。
適当な布を見つけて、それでふいた。
手帳を広げると、そこには、私の名前が書いてあった。
「こ、これは!これは、念願のステータス確認できるやつじゃないか!!」
よくやった!と、クロを思いきり撫でまわす。
やっぱり、あるじゃないか!
こういうのが欲しかったのだよ。
なんだよ、ロイ様使えないなぁ。
「謎ウインドウはそれっぽいのに、ステータス確認は手帳?なんでこれだけアナログ?」
しかも、安っぽい手帳だし。
その最初の数ページは空白になっていて、途中に私の名前が載っていた。
「名前 ユーリ
職業 ゴーレムマスター
体力 ※※※/※※※
魔力 ―∞/―∞
」
内容、これだけ?
空欄多いし、体力も魔力が表示されているだけ。
っていうか、魔力の欄の「―∞」って何?
数値がマイナスぶっちぎってて、もはやお団子に見える。
次のページには、ロイ様の名前があった。
全てランクで示されていて、このあたりはゲームとだいたい同じで、なんだか安心する。
「名前 ロイ・マクスウェル
職業 執事
所属 ※※※
練度 90
体力 A+
魔力 A
筋力 S+
知力 A
機動 A+
運 B
」
職業が、執事?
剣士じゃなくて、執事?
この辺はよくわからないな。
もうちょっと具体的数値が欲しかったけど、まぁ、無いよりはましだ。
次のページは、大型猫のページだ。
「名前 クロ
職業 猫
所属 ユーリ
練度 1
体力 C
魔力 C
筋力 B
知力 B
機動 B
運 C
」
職業が猫になってる!
今から戦場に行くのに大丈夫か、私のパーティ。
執事と猫とか。
「準備はよろしいですか?」
ロイ様から、催促が来る。
これを見るかぎり、ロイ様も私のパーティに参加しているってことでいいんだよね?
職業が執事だけど、闘う執事なら問題は無い。
問題は、所属が明らかになっていないこと。
ちゃんと私を守ってくれるだろうか?
「もう一体くらい作ってもいいですか?」
ピコン、と音が鳴り、謎ウインドウの選択肢から、「いいえ」が消えた。
え?なんで?
「準備はよろしいですね?」
「え‥‥」
「よろしいですか?」から「よろしいですね?」に変更になった!
うわぁ、圧が強い。
こんなこともできるの?
こわっ。
「準備はよろしいですね?」
「はい」
私は彼に従うしかなく、手帳1冊だけを持って、大人しくロイ様の後ろをついていった。