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私がプレイしていたソーシャルネットゲーム。
「ウィッチ・オブ・ベイ」
神話の世界の力を借りて、世界を救うというものだった。
ベイは、「出窓」と「湾」という意味が混在している。
世界を支える柱を巡る物語だ。
剣士ロイ・マクスウェル。
そこの広告塔のような存在で、最高レアのキャラクター。
そのロイ様が淹れてくれたお茶を飲みながら、思案する。
彼が選んでくれた本は数あれど、そのどれもが、死ぬほど分厚い。
文字も細かい。
厚みだけではない。
装丁もかっちりしているので、重さも半端ない。
物理的に人を殴り殺せると思う。
マジで。
それらをぺらぺらとめくる。
後ろでは、ロイ様が待機状態である。
まるで見張られているようで、正直怖い。
この人、怒らせると怖いという設定なんだよなぁ。
ゆっくり後ろを振り向くと、目があった。
手を振ると、微笑み返してくれるということは分かった。
顔がいい!!
くそう。
そんなことで誤魔化されるものか。
ごまかされるものか。
ごまかされる……。
……頑張ります!!
顔がいい。
それだけでいい。
おなかいっぱいだ。
ありがとう。
座りなおして、本に向き合う。
超絶、めんどくさい。
読む気なんて起きない。
この本を読んで、理解して、ゴーレム作れって?
世界を厄災から救えって?
無理だ…。
今の私では、今のままの私では無理。
というか、つよくてニューゲームどこいったー?
仕事しろー。
「オートモードとかないんだろうか」
ぶつぶつと何気なく呟いた言葉に反応して、ロイ様は動く。
え、怒られる?
楽するなって、正座しろ、って説教されるやつ?
ロイ様は、私の真横に立つ。
私は、ぴしっと背筋を伸した。
「オートモード、ありますよ。お使いになりますか?」
「あるんかい!」
大声でつっこんでしまった。
まずい。怒られる!
しかし、向こうは気にしていないようで、にこにことこちらに笑いかけてくる。
よかった。怒られなくて。そして、あるなら早く言って。
「使います!」
「かしこまりました」
ロイ様の声と共に、謎ウインドウの右端に小さく「AUTO」と表示され、ぽちぽちと面倒な作業がなくなった。
なんて便利な機能なんだと、拍手して飛び上りたい気持ちになった。
「ついでに、ゴーレム作成もオートになったりしませんかね?」
「少々お待ちください」
そう言って、彼は本棚から一冊の本を持って来た。
「こちらからお選びください」
動物が載っているページを見せられた。
ネズミ、ウサギ、トリ、ネコ、イヌ。
よくわからなくて、見上げるようにロイ様の顔を見た。
「こちらからお選びください」
「選ぶと、どうなるの?」
「こちらからお選びください」
聞き方が悪かったかな。
「選ぶと、この姿のゴーレムを作ってくれるの?」
「左様でございます」
よくできましたと言わんばかりの顔だ。
くそう!顔がいい!
こういうことができるなら、もっと早くに持ってきてくれたらいいのに。
私は、気をとりなおして本を見る。
この中から選ぶのか。
小動物ばかりで、私の中のゴーレムのイメージと違う。
こういうのでもいいんだ。
ふと、ページをめくってみた。
他のものも載っていないか、気になったからだ。
「マスター」
頭の上から声がかかる。
思わず、手を引っ込めてしまった。
ゆっくりと上を向くと、ロイ様がいつもの笑顔で見降ろしていた。
「こちらからお選びください」
「はい!すみませんでした!」
中身も確認せずに、本に指を乗せて指名した。
「これ!これにします!」
「……」
ロイ様は沈黙する。
私の指は、鳥と猫の間にあった。
「あ!ごめんなさい!」
指を離したが、時既に遅し。
「……わかりました。マスターの願いを叶えるのが、私の仕事です」
ロイ様はそう言って、資材置き場へと向かっていった。
「ロイ様、ごめんなさい」
「マスターの願いを叶えるのが、私の仕事です」
「ごめんなさい」
「マスターの願いを叶えるのが、私の仕事です」
だめだ。答えになってない。
謝っても意味はないのだろうか。
私は、彼が作業する様子を見ていることしかできなかった。
私にできること。
それは、今から行われるであろうことすべてを、忘れないようにメモに取ること。
こういう機会がもう一度があるか分からないから。
彼は、最初に素材をたくさん集めていた。
どこかの錬金術のように、体を構成する物質を全部集めればいいという訳ではないらしい。
何かの翼、牙、羽、皮、砂、石、鉱石、瓶に入った謎の液体を数十本。
それらを部屋の中央にある、どでかい魔法陣の中心に集めていく。
「できました。次は、マスターの番です」
「私の番?」
「ここに手を当てて、イメージしてください」
「イメージ?」
魔法陣の端に手をつく。
魔法陣全体が光り出す。
すごい演出だ!
「作りたいものを、イメージしてください」
「イメージする……」
「想像力が力を生み出します」
「想像力。イマジネーションってやつね」
「マスターが作りたいものを想像してください」
「私の作りたいもの」
私の作りたいもの。
別に、作りたいものなんかないんだよね。
でも、何か作らないと、先へは進まないんだろう。
私は、ちょっとだけ床から手を離した。
作りたいもの。
作りたいもの。
作りたいもの。
「ロイ様、ちょっと考えてもいいですか?」
「……」
「少し考えさせてください」
「……分かりました。お手伝いいたします」
そう言って、ロイ様は私の後ろに回り、両手を私の手の甲に乗せた。
「え!」
「マスターは何を作りたいですか?」
顔が近い!
声がいい!
なんか、いいにおいする!
やばい。ドキドキしてきた。
今まで彼氏なし、自称コミュ症の女子にこの状況はハードルが高すぎる!
「待って!やっぱりいいです!」
「マスターは何を作りたいですか?」
声が近い。
顔が熱い。
心臓がどきどきして痛い。
なんの罰ゲームだ、これ。
もはや拷問だ。
「マスター」
「はい!」
「マスターは何を作りたいですか?」
だめだ。
全然考えがまとまらない。
あぁ、いいにおい。
「マスター。猫を作りましょう」
え、猫?
唐突な提案だ。
「かわいい猫がいいですね。色は何色にしますか?」
「猫?黒、とか?」
「黒い猫。大きさは?」
大きさ?
猫の大きさなんて、考えたこともなかった。
「えーと」
「目の色は?」
「赤い目、かな」
誘導されるように想像を膨らませていく。
かわいい猫。
黒い猫。
赤い目で、ちょっと生意気だけど、ものすごく甘えん坊で、面倒見が良くて、たまに素行の悪い黒猫。
私の最押し、剣士「キース」みたいな感じの、かわいい猫。
というか、もういっそのこと、キース様で良くね?
そう思った途端、魔法陣の光が強くなった。
「え!」
眩しくて、思わず目をぎゅっとつぶった。
これって、大事な場面?
でも、光が強すぎて目を開けていられない。
暴風みたいな、強い風も吹いてくる。
なんだこれ?
ごうごうと音を立てながら吹き荒れる風に、体が倒れそうになる。
飛ばされそうになる私の手を、ロイ様はぐっと地面に押し付けて、動かないようにする。
「マスターが欲しい猫は、どんな猫ですか?」
風の音がうるさいのに、不思議とロイ様の声はクリアに聞こえてくる。
「想像して、マスター」
「私が欲しいのは」
「マスターがほしいのは?」
「キース様がほしい!!」
風に負けないように、叫ぶ。
キース様に会いたい。
その一心で、大声で叫んだ。
「私は、キース様に会いたい!」
あんなに強かった風がぴたりと止んだ。
目を開けると、魔法陣の真ん中になにかある。
あれは!
まさしく!
私の最推し!
「キース様!!」
思わず飛び込んでいこうとしたが、両手を拘束されているので、動けなかった。
「離して!キース様が!」
「だめです」
ロイ様がそう言うと、キース様は崩れてしまった。
「キースさまぁぁ!うそだーーーー!!」
「私は猫だと言ったでしょう」
冷たく言い放つ彼の表情を見ることはできなかったが、しばらくの間、彼の両腕の中から解放されることはなかった。