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だんだん慣れてきたぞ。
会話を進めるためには、謎ウインドウにタッチしなければならない。
これが思ったより面倒だった。
オートモードとかないの?
設定画面はどこだ。
最初は、顔もいいし、フルボイスだし、触れるしで、ものすごく楽しかった。
でも、正直、彼は私の推しじゃない。
好きだけど、そこまで好きじゃないっていうか。
好きだけどさっ!
最推しは、彼じゃない。
しかし、さっきから全然表情変わらないなぁ。
固定なのかな?
試しにほっぺたをつまんでみた。
柔らかい。
え!柔らかいよ!
想像と違った。
もっと、男の人って、もっとこう、固いのかと。
恋愛経験ゼロの私としては、とっても衝撃だった。
だって、成人男性に触るなんて、そんなことしたことないもの!
知らない人にそんなことしたら、痴女じゃないか!
知ってる人にするのは、もっと論外だ。
そんな気持ち悪い女にはなりたくない。
人間としての最低限は持ち合わせているつもりだ。
「館の主って、なにするんだろ?」
わたしの独り言を聞き逃さなかったらしく、ロイ様は説明を始める。
「あなたの役割は、一つです。この屋敷にてゴーレムを作り、迫りくる厄災から世界を救うのです」
「いきなりかよ!」
ゴーレムってアレか?
石とか出来た動く人形。
迫りくる厄災?
すごーく大雑把な設定ですね。
まぁ、夢だし。
私の想像力なんて、そんなものなのかもしれない。
「まずは、貴女の名前を教えてください」
いきなりくるなー。
最初に必ず通る、名前イベント。
とりあえず、実名はパス。
痛い奴だと思われたくないもん。
なら、いつもゲームで使う名前にしよう。
考えるのめんどくさいし。
「ユーリです」
ピコン。と、音が鳴る。
「名前の登録が完了しました。では、マスター。すぐ作業に取り掛かってください」
「名前で呼ばないのな!」
せっかく名前の登録をしたのに、マスターマスターと総称でしか読んでくれないロイ様。
登録した意味ない!
ロイ様は、私のことなんか無視して、どんどん話を進めようとする。
私は、置いていかれないように必死になって後ろをついていった。
階段を下りると、下の階は広い作業場になっていた。
どういう作りの館なんだ、ここは。
部屋の中心には、馬鹿みたいに大きい魔法陣が書いてある。
いきなりファンタジーだ。
周りには、何に使うのか、どうやって使うのか、全く分からないものばかりが並んでいた。
やっていけるんだろうか?
「ゴーレムを作るためには資材が必要です。私が少しだけ調達しておきましたので、今回はこちらをお使いください」
ロイ様が指差す先には、大量の資材とおぼしき物が所狭しと置かれていた。
待って。
なんだか部屋がごちゃごちゃしてると思ったら、部屋の大半を埋め尽くしていたのは資材だったんですね。
さっき、少しだけ、とおっしゃっいませんでしたか?
ものすごい量なんですけど。
用途不明だし。
「それでは、まず初めに一体作ってみましょう。わからないことがあれば、私に聞いてください」
どうやって!
ロイ様、言葉が足りなさ過ぎませんかー?
「メニュー画面って、どうやって開くの?」
「……」
ロイ様は語ることなく、笑顔を返してきた。
「ステータスとか設定とか見たいんだけど」
「……」
わからないことがあれば聞けと言ったのは、あなたですよね?
これって、新人いびりかな?
なんでも聞いてね!っていうくせに、いざ聞くと、は?そんなこともわからないの?って返されるやつ。
うわー。ロイ様の笑顔が怖いわー。
「あのー、指南書とか、説明書とかありませんか?」
「ございます。少々お待ちください」
ロイ様は、すたすたと歩いていく。
あるんかい!それなら、もっと早く出せや!
「こちらになります」
「これじゃない感じのやつ」
「こちらになります」
ロイ様が持ってきたのは、ゴーレム指南書、はじめてのゴーレム、ゴーレムとはなにか、初心者のためのゴーレムの作り方という本。
これじゃない。
そうじゃないんだ。
もっと君はできる子だったはずだ。
ゲームの中じゃ、もっと頼りになる奴だったじゃないか!
「これ以外のものは?」
「マスターのレベルでは、こちらが妥当かと思います」
「レベルあるんかーい!レベルはどうやって確認するの?」
「……」
確認の仕方、わからんのかーい。
困った。超絶、困った。
困りすぎて、頭抱えた。
こういうときって、頭抱えるもんなんだ。
知らなかった。
ええい、こうなったら読んでやる。
やってやろうじゃないか!
正直、作れと言われてもどうしていいかさっぱりわかんないし。
というか、つよくてニューゲーム選ばなかった?
どの辺が強いの?
実感ないんですけどー。
まぁ、いいか。
小さなことは気にしない主義だ。
とりあえず、話を進めるか。
「読ませていただきます。ありがとうございます」
そう答えると、ロイ様は、部屋の隅にある大きな机の上に本を置いた。
「こちらでお読みください。ただいま、お茶をお持ちいたします」
「は?お茶出んの?」
思わず、問いかけてしまった。
「マスターを全力でサポートをするように仰せつかっております」
「誰に?」
「……」
返事しないんかーい。
「私のほかに、ここには誰かいるの?」
「この館には、マスターと私のほかは誰もおりません」
そう言って、ロイ様は部屋を出ていこうとする。
「待って。私も行く」
「マスターはご自分の成すべきことをなさいませ」
「私も行く」
「……わかりました」
ロイ様は折れてくれた。
なるほど。
多少、強引にいけば大丈夫なときもある。
これは、一つ一つ検証していかなければならない。
ロイ様の後ろをついていくと、キッチンと呼ぶには大きすぎる部屋に出た。
すげぇ!レストランの厨房並みじゃないか!
掃除が大変そうだ。
大きな冷蔵庫の中には、見たことのないものがぎっしり詰まっていた。
食材だと思う。
そう思いたい。
私は、そっと扉を閉めた。
ふと、後ろを見ると、ロイ様は本当にお茶を淹れている所だった。
あー、すげーさまになってる。めっちゃ手際いいわー。
何時間でも見てられるやつだ、これ。
ぼーっと眺めていたら、ロイ様は私を置いて出ていこうとする。
待て待て待て。
仮にも主人である私を置いていく奴があるかー。
急いで追いかけた。
迷子になるような広さではないが、取り残されたくないし、何より、歩く姿も美しい。
もうほんとにずっと見ていられる。
夢なら冷めないでっ!