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お肉が食べたい!

その要望を満たすために、私達は、森にやってきた。

前回の「屋敷の外は湖」とか、そういうのを期待していたが、なんてことはない。

今回は、別館からさらに奥へと歩いてきただけだった。

どこにでもつながるドアとか、そういうのを期待していたから、ちょっとがっかりしたことは心に秘めておこう。

今回は、クロとツルの錬度上げも兼ねての食糧調達だ。


別館のある大きな木から、しばらく歩く。

行けども、木、木、木。

木しかない。

つまり、ここは森なのだ。

鳥のさえずりが聞こえ、清らかなる清流が流れるような、神聖さを感じる森ではない。

鳥どころか、熊でも出てくるんじゃないかと思うような、鬱蒼とした森。

清らかな清流というか、川幅の広い、ごつごつした岩場が特徴的な濁流うず巻く川。

なんていうんだろう。

こうだと思ってた。

想像した通りの深い森。

うん。そうだと思ってた。

爽やかな風の吹く、すがすがしい森じゃないことは、薄々感じていたんだ。

だって、ゴーレムマスターのいる屋敷だよ?

きっと、ここは、人里離れた場所にあるんだろうな。

いままで、生きている人に会ったことないけど。

そして、ここは、怪物の出る場所なんだろう。

でも、どんなものが来ても、レベルの高いロイさんがいるから、とりあえず大丈夫だろう。

ここに来るまでに、いろいろな生き物に出会った。

羽の生えたおおきなネズミ、頭に角があるウサギのような生きもの、翼が4枚付いた鳥、色鮮やかな蟻の行列。

木の幹に粘りつく光る粘液は良い素材になるそうだ。

一体、どうやって採取するのかは聞かなかった。

そんなものたちを眺めながら、どんどん奥へ歩いていく。

今日は小動物より、大きな生き物優先で採取するそうだ。

楽しみになってきた!


「大きな動物って、どのくらい大きいの?」

「見れば分かります」

「クロやツルでも戦える?まずは、小さいもので経験値稼がなくて大丈夫?」

「大丈夫です。私がいますから」


自信満々に答える、私の執事。

問題はそこじゃない。

確かに、ロイさんがいれば問題はないと思うけど、クロは錬度が低い。

ツルにいたっては、産まれたばかりだ。

もし何かあったら、どうするの?

ゴーレムって、怪我をしたらどうやって治すの?

彼らについて、知らないことがいっぱいだ。


「大きな動物って危険?」

「それなりには」

「いままで、そんなのが近くに住んでいるところで生活してたの?危なくない?」

「ここは、グラティアの森。心配には及びません」


えーっと。

いきなり固有名詞を出されても、理解不能だ。

そういえば、世界地図的な物って、見せてもらったことないな。

今度、見せてもらおう。

現在地の把握って、結構大事だよね。


「グーなんとかって、どういう意味?」

「グラティア。祝福された、という意味です」

「で、どの辺が安全なの?」


ロイさんは、太陽のような笑顔で自信たっぷりに言う。


「私がおりますので、ご安心ください」


予想もしなかった答えに、言葉を失う。

ちょっと何言ってるのかわかんないんですけど。

なんでロイさんがいると、安心なの?

わけわかんない。

その、迫力ある笑顔で見つめられると、疑問を飲み込むしかなかった。

言いたいことはいっぱいあったけど、心の奥にしまっておくことにする。

きっと、そのうち、分かる時が来るだろうから。


そうして、どんどん進んでいく。

道なき道を行く。

どこまで行くんだろう。

足元はでこぼこで歩きにくいし、石もたくさん落ちていて、何回かつまづいた。

でも、苦労しているのは私だけみたいで、クロもツルも、問題ないみたい。

クロにいたっては、なんだかとっても楽しそうだし。

ツルは、歩くというか、私にへばりついているので、苦労することもないだろう。

つまづいた時、何度か助けてもらったから、まぁ、良しとしよう。

元の世界の道路事情って、本当に素晴らしいものだったんだと、今更ながらに気付く私も馬鹿みたいだ。


「どこまで行くの?」

「もう少し進むと彼らの縄張りです。目標地点は、そこになります」

「縄張り?そんなところに入って大丈夫?」

「問題ありません」


にっこにこだなぁ。

今日はどうしてそんなに機嫌がいいんだろう。

ねぇ、と、話しかけようとしたら、ロイさんが片手を上げ、歩みを止める。

私も倣って、口をつぐんだ。

耳を澄ませてみたが、私にはよくわからなった。

鳥の鳴き声、風の音。

聞こえてくる音に、変わりはない。


「なにかあった?」

「来ました」


何が、と言いかけた言葉を飲み込んだ。

奥の木が、がさがさと揺れている。


「何?何がいるの?」

「大きな動物です」


木々の揺れが、だんだん近づいてくる。


「やばいんじゃない?」

「マスターは私の後ろに」


言われるがまま、私はロイさんの後ろに隠れる。

思わず、服の裾を掴んでしまったが、とがめられることはなかった。

クロは一番前に、ツルは私の隣に控えている。

枝の隙間から、姿がなんとなく見えてきた。


「ちょ!大きい!」


なるべく大きなものをとは言っていたけど、大きすぎる!

私の身長より大きなシカのような生き物だった。

たぶん、鹿。

そもそも、鹿がどんなものか、よく覚えてはいないから断定はできないが、たぶん鹿。

その証拠に、頭に大きな角が生えている。

ヘラジカのような、大きな平べったい角だ。


「ロイさん!」

「私より、彼らに指示を」

「指示……」

「はい。短く、的確にお願いします」

「じゃあ、ツルは蔦を絡ませて動きを封じて。クロはその後、相手の首を狙って攻撃!」

「初手にしては合格範囲でしょう」


ロイさんみたいに自立行動してくれたら言うことないのに。

ゴーレム作成のほかに、戦術の勉強も必要だなんて聞いてない。

課題が多いな。

強くてニューゲームって、どの辺に活かされているのか、本当に謎でならない。


私がそんなことを思っている間に、ツルは、私を離れて行動を開始している。

彼は、するすると蛇のように滑らかに移動して、目標まで近づいていく。

その間、クロは私たちから距離をとるように前に出る。

私とロイさんは、そこから数歩下がり、様子を伺うことにした。


「ロイさん、二人が危ないと思ったらお願いします」

「わかりました」


クロが相手の気を逸らしている間に、ツルが死角から蔦を素早く伸ばして足に巻き付けた。

相手が驚き、逃げようとするが、うまく蔦が外れないみたい。

そしてその間に、クロが相手の首元を狙い、噛みついた。

そのまま、地面に引き倒して、あとは、相手の呼吸が止まるまで噛みついて離すことはなかった。

鹿もどきは、蔦に絡まれて身動きできずに、死んでいった。

テレビで見た、ライオンの狩りのようだと思った。


「もう死んだ?」

「そうですね」


意外とあっさりでびっくりした。

クロたちが強いのか、鹿もどきが弱かったのか、よくわからない。

けど、勝ちは勝ち。

クロが、戦利品をくわえて、ずるずるとこっちに持ってくるところだった。


「皆、無傷です。さすが、マスターが苦労して作られただけのことはありますね」

「みんながすごいだけだよ」


褒められても、あんまり嬉しくない。

私自身は、何もしていないもの。

全部、この子たちのおかげだ。

まぁ、仕方ないか。

私は、ゴーレムを作るしか能のない、ただの人だもの。

ただ、それすらもまだ、失敗ばかりで上手とは言えない。

ゴーレムマスターだなんて、ただのステータスでしかない。

実感がない。


「マスターは、ご自身の力をもう少し信じてもよいかと思います」


ロイさんは、そんな私の心を見透かして、声をかけてくれた。

彼は、本当に優秀な私の執事だ。 


「自信ない。失敗ばっかりだもの」

「マスターは素晴らしいものを持っていますよ。マスターに足りないのは自信ですね」


自信って、どうやったら得られるものなの?

教えてほしいな。

クロは、私たちから少し離れたところで止まり、口から鹿もどきを離した。

どすん、と、地面に頭が落ちる。

そこから、どんどん地面に血が広がっていく。

動物の死体だ。

血の匂いがしてきて、思わず鼻と口を覆った。

頑張って近くまでいって、鹿もどきの体を触ると、まだ暖かい。

さっきまで、生きて、そこに存在していたと思うと、なんだかやりきれない。


「襲われたわけでもないのに、鹿もどきを殺しちゃったんだね。なんか、かわいそうなことしたかな」

「マスターは、肉が食べたいとおっしゃいました。それが、どういう意味か、お分かりではなかったのですか?」

「わかってるつもりだったけど、わかってなかったかも」


魚は切り身で泳いでいるわけではない。

肉は、部位ごとにパックに入って歩いているわけではない。

つまり、そういうことだ。

私たちは、生き物を殺して、それを食べて生きている。

きれいごとでは済まされない。

今まで、それを見ないようにしているだけなんだってことを、ここにきて再確認した。


「クロもツルも御苦労さま」


ねぎらいの言葉をかけ、体を撫でる。

二人とも、なんだか嬉しそうだ。


はぁ。生活していくのって、なかなか大変だな。


「これから、どうするの?」

「そうですね。まずは、川まで持っていきましょう。そこで、血抜きと腑分けを行いー」


いきなり、ロイさんに担がれるように、引っ張られる。

私がさっきまで居た場所には、土埃が舞い、一瞬、周りが見えなくなった。


「ロイさん!」

「問題ありません。少し揺れます」


ロイさんは、私を横抱きにして、後方へ飛ぶように走る。

これって、実質、お姫様だっこ!なんて、思ったけど、落とされないようにしがみつくのに必死で、ときめきなんか全然ない。

ツルは、ちゃっかり私にくっついてきたらしく、無事。

クロの姿は確認できない。

逃げてくれていればいいんだけど。


「大物が釣れました。どうしますか?」

「どうしますかって、大物って何?逃げ切れる?」

「難しくはありません」

「じゃあ、戦える?」

「命令とあらば。どう致しますか?」

「倒す!やられる前にやる!先手必勝!切り倒しちゃって!」

「拝命いたしましょう」


ロイさんは、少し離れた所で私を解放すると、土煙の中に突進していった。


「クロ!戻って!」


相手の正体も分からない。

ロイさんが言うところの、大物というのも気になる。

なんだよ、大物って。

煙は未だ晴れないが、だんだん風に流されてきている。

砂埃の中にシルエットのように浮かぶ姿は、大きな大きな獣の姿だった。

そのシルエットが、だんだん大きくなってくる。

近づいてきているの?

やばい!

私は、ツルを抱えて廻れ右をし、走り出した。

あんなのにぶつかられたら、絶対怪我じゃすまないレベルだし、避ける自信もない。


「無理むりむりむり!ちょっと待って!こんなの聞いてないんですけど!」


必死になって走っていると、ツルが手の中から動き出す。

とんとん、と、何度か手を叩かれた気がして、腕の中を見る。

ツルは器用に腕を作り、何かを言いたそうにしている。

ごめん!何言ってるのかわかんない!

第一、構っている暇がない。

ちらっと後ろを見ると、黒い獣は山のように膨れ上がっている。

それに向かって、ロイさんとクロが応戦しているようだった。

なんだあれ!


「ツル、戦いたいの?」


ツルは、「yes」という文字を形作る。


「大丈夫?」


問題ないと言わんばかりに、ツルは私の腕の中から飛び出した。

私は走るのを止め、音のする方を向く。

大きな山のような怪物は、二つに分かれていた。

小さな塊は、動いてはいない。

未だ這いまわる大きな固まりに向かって、空から光の柱が落ちたその瞬間、ツルが私に向かって枝を伸ばしてくるのが見えた。

同時に、ものすごい衝撃に襲われて体が飛ばされ、気がつくと、私は緑の球体の中にいた。


「ツル?守ってくれたの?」


返事はない。

わずかな隙間から外をのぞくが、外の様子が全然わからない。


「ツルだよね。みんなは無事?あなたは平気なの?」


つやつやの丸い壁を撫でる。

いつもなら小さな花が咲いたり、文字を作って言葉を返してくれたりするのに、なんの反応もない。

なんだか不安になる。


「みんな、大丈夫かな?」


最悪、ロイさんは大丈夫だろう。

錬度90だし、あのロイ・マクスウェルだ。

そう簡単に倒れたりはしない。

絶対に大丈夫。

問題は、クロだな。

ロイさんについていったみたいだけど、大丈夫かな。

錬度低いし、猫だし。

戻れって言ったのに、戻ってこなかったし。

無事だといいけど。

ツルもこんなだし。

やっぱり、ヒーラーは必要だよね。

戻ったら、さっそく、ゴーレム作成に取り掛からなくちゃ。

あとは、屋敷周辺の確認と、出現する魔物と動物の確認。

ロイさんに任せっきりじゃいけない。

私もなにか出来るようにしておかないと。

素人は素人らしく、できること、やるべきことは思いつく限り、全部しておかなくちゃ。

とりあえず、今はここからみんな無事に屋敷に戻ることが一番の目標だ。

お願い。みんな、無事でいて。

私には、祈ることしかできなかった。


祈り始めて、まだ数分しかたっていなかったと思う。

ピコン、という音が聞こえた。

久しぶりに聞く音だ。

今まで、ただ視界の端にあるだけの、無用の長物と化していた謎ウインドウから呼び出しがかかる。


「何だろう?」


謎ウインドウを掴んで、見えやすい場所に持ってくる。


「クロの錬度が上がりました。

 種族を変更できます。

 

 変更しますか?


 はい

 いいえ            」



錬度が上がった?

ということは、無事なんだ!

そして、あの黒い怪物を倒したということでいいの?         

謎ウインドウは無視して、目の前の緑の壁を思い切り押す。

びくともしない。

どんどんと、両手で叩いてみる。

叩くたびに、ゆさゆさと揺れるようだが、割れたりしない。


「ねぇ!開けて!誰か!」


外からは、何の音も聞こえない。

どうしよう。

私って、本当に役立たずだ。

みんなに頼ってばかりで、本当に私の存在意義って一体どこにあるんだろう。

みんな、私に優しすぎて、逆に怖いわ。

自分で何とかしようと、だめでもともと。ここから出るために色々試してみた。

叩いてもだめ。

足で蹴ってもだめ。

体当たりしてもだめ。

私が閉所恐怖症なら、発狂する案件だよ。ほんと。

刃物や道具の類は、何も持ってないから、お手上げだ。

諦めて、緑の壁に寄り掛かった。

人間、あきらめも肝心だ。

改めて、謎ウインドウに注目する。

種族の変更?

ジョブチェンジみたいなものかな?

クロの現在の種族は、猫。

猫からクラスアップしたら、何になれるの?

ヒョウやライオンの大型のネコ科の動物かな?

いや、姿だけなら、今でも十分大きい。

なら、獣人とか?

それじゃ、ありきたりかなぁ。

何になるんだろう?

進化表一覧、みたいなものはないの?

あー、もう。

まじで攻略本欲しい。

攻略サイトを閲覧したい。

ネット検索したい!

でもまぁ、クラスアップなら、しない手はないよね。

とりあえず、はい、を押してみるか。

そこから、選択肢が生まれるかもしれないから。

謎ウインドウをタッチしようとしたその時、外から声がかかる。


「マスター?こちらにいらっしゃいますか?」

「ロイさん!ここ開けて!お願い!」


謎ウインドウを脇によけ、蔦の隙間から指を出す。

ロイさんはそこから手を差し入れて、バリバリと蔦をはがし、通り抜けられるくらいの隙間を作ってくれた。


「怪我はない?みんな無事?」

「はい。皆、大事には至っておりません」

「よかった」


とりあえず、安心だ。

手伝ってもらい、外に出してもらうと、周りの風景が一変していた。


「うわぁ……」


こんなの、テレビでしか見たことない。

まるで、地滑りの後のようだ。

青空がまぶしい。

さっきまで空を覆うように生い茂っていた木が根こそぎ倒れていて、鬱蒼とした森はどこかへ消えてしまった。

おまけに、鉄臭い。


「とりあえず、お疲れ様。なんか、状況の変化についていけなくてごめん」

「いえ、マスターがご無事で何よりです」

「ツルが守ってくれたの。ツルを見なかった?」

「あれなら、こちらに」


私が入っていた蔦のシェルターのすぐそばに、緑の毛の固まりが置いてあった。


「は?ツルはどこ?」

「ですから、こちらに」


毛の固まりが、もぞりと動く。

中から、人の指が出てきた。

その指は、簾のように毛をかき分けて、その隙間から覗くように、人の顔がこちらを見上げている。


「え!え……、ええぇぇ!!」


蔦の固まりみたいな丸っこい姿でまとわりついてくるかわいいやつは、どこいった?


「錬度が上がったので、種族が変わったのでしょう」

「なにそれ!聞いてない!」

「えぇ。私も実際に目にするまでは、信じていませんでした」

「ごめんなさい、マスター。僕…」


そんな…!声まで変わって!

もじもじと俯き、再び緑の簾の中に隠れてしまった、元蔦の固まり。

もとい、ツルが、そこにいた。

長い髪の毛が地面についてしまっていて、さらに、足元にこんもり一山作ってしまっている。


「ツル、なの?」

「ごめんなさい」

「謝らないで。助けてくれて、守ってくれてありがとう」


頭であろう部分をそっと撫でると、花びらが舞う。

あ、間違いない。

ツルだ、この子。


「ごめんね。いきなりで驚いちゃってさ」


緑の毛をかき分け、白い手がすっと伸びてきた。

思わず、びくっとして手を引っ込めてしまった。

すると、白い手も、ゆっくりと緑の毛の中に戻っていってしまった。

しまったなぁ。

今の反応はまずかった。

でも、仕方ないじゃん!

お化けみたいなんだもの!

そっと、髪の毛をかき分けると、整った顔が現れる。

どこかで見たような顔だな。

性別はどっちだ?

来ている服もどっちつかずだし、年齢も微妙だ。

幼くも見えるし、そうじゃないようにも見える。

よくわかんな生き物に進化したなぁ。


「ツル。このままじゃ不便だろうから、髪の毛、まとめちゃってもいい?」

「うん。マスターがそうしたいのならいいよ」


なんか調子くるう。

自分の服に付いていたリボンを外して、緑の髪の毛をまとめて結いあげる。

それでも地面に付いたままだったので、三つ編みにして、首に緩く巻いた。

その間中、ずっと花びらがぽんぽん出てきて、ここだけ不自然にピンク色になった。


「できた。次はクロの番ね」


地形が変わるほどの大事だというのに、クロには怪我らしい怪我が見えない。

それどころか、早く戦利品を見せたいらしく、さっきから体をせっついてくる。

ツルの髪をまとめている間は大人しく待っていたが、作業が終わるや否や、私をくわえて引っ張っていこうとする。


「落ち着け。分かったから落ち着け」


クロに引っ張られてたどり着いた先では、ロイさんが何やら作業の真っ最中だった。


「なに、これ?」


遠目で良くわからなかったが、近くで見ても、よくわからない生き物がそこにはいた。


「この辺りの主でしょう。元は、初めに仕留めた動物くらいの大きさなのですが、怒ると体の体積を増やして相手を押しつぶす厄介な生き物です」

「そんなの殺しちゃっていいの?」

「やられる前にやる。先手必勝と仰ったのは、マスターですよ」


あー、そうだった。

わけも分からず、そんなこと口走ったわ。そういえば。


「それはそうだけどさ」


硬いうろこに覆われていたり、毛むくじゃらの毛が生えている場所があったり、ぬめっとしていたり。

極めつけは、顔だろう。

見るんじゃなかったと、見てから後悔した。

たくさんの目玉が湧きだすように埋め尽くしている部分があった。

そっと目をそむけたよね。

あー、見るんじゃなかった。

とにかく、わけの変わらない生き物だということは分かった。


「これ、食べられるの?」

「はい。とてもおいしいと聞いています。今晩から、食事のレパートリーが増えますね」

「そうだね」


この肉を食べさせられるのか。

ぞっとするな。


「素材不足も補えますし、良いものを仕留めることができました」


ロイさんがうれしそうなので、まぁ良いか。

もしかして、今日、機嫌が良い理由って、これを討伐出来たから?

元々、それが目的だったのかな?

まぁ、いいか。

世の中には、深く考えてはいけないことだってあるんだ。

ロイさんは、先日も使った魔法の布を取り出して、切り取った謎肉の固まりを冷暗所へと送っていく。

そうして、食べることのできる部分を送ってしまうと、今度は、違う布を取りだした。


「それは?」

「素材庫へと通じる魔法陣です。ここへ乗せると、自動的に振り分けてくれるので、とても便利なんですよ」

「へぇ、そんなものがあったんだ」


作業を見ていると、皮や油のほかに、内臓や血液なんかも器用に送っているようだ。

目玉もほじくりだしてたくさん集めている。

それもゴーレムの材料になるのか。

生々しくて、見ていられない。

ごめんなさい。全部お任せ致します。

数分前の決意なんて、どこかへ行ってしまった。


私は、さっき横へ押しやった謎ウインドウへと意識を向ける。

表示は変わっていなかった。


「クロ、種族の変更してみる?」


本人への意識調査を行う。

にゃおんと返事があった。

そうか。じゃあ、仕方ないなぁ。

私は、「はい」に向かって指を差し出す。

ぴこん、という電子音がなる。


「種族の変更が完了いたしました」


謎ウインドウには、そう表示されているが、特に何も起きた感じはしなかった。


「クロ、何か変わった?」


クロは、相変わらず、大人しくそこに座ったままだ。

どこが変わった?


「クロのクラスアップをしてみたんだけど、どこが変わったんだ?ツルは分かる?」

「えっと」


ツルは、私にこっそりと教えてくれた。


「髭の本数が増えました」

「あとは?」

「前より筋力が増えました」

「そっか」


その程度なの?

私には分からないくらいの、微々たる違いだなぁ。


「あとは、尻尾が2本になってます」

「え?」


ほんとだ。

正面からじゃ分からなかった。

後ろに回ってみて、初めて気が付いた。

尻尾が2本になってる。


「すごい!よく気づいたね!」

「えへへ。先輩の種族は、猫又って言うんですよ」

「猫又?」


それはまた。

うちの大型猫は、大型猫又になったらしい。





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